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はらいそへの道/しーシュ2019新春ツアー記

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1月12日(土)しーシュ新春ツアー初日:大阪パーカホリック --------

新作「小鉢その4」を携えての初めてのツアーとなる今回は、なんと車での旅である。
ほっほー。

なんだかんだで増えてゐるしーシュの車旅。だがけふは出発前・・・機材の積み込みをしてゐる時、ちょいと軽く腰をイワしてしまった様子。ものすごく酷くはないがそこそこ痛くて、そもそも数日前から寝違いのやうなかんぢで頸もイワしてをり、満身創痍のベース弾き。それでもミッション車である「ぐっち」はしーなさんでは運転できぬので、まぁ頑張りますよ。

まづは大阪。このところほぼ月イチで来てゐる、心斎橋はパーカホリック。前も書いたのだが、ここは全国でも珍しい「アップライト・ピヤノが二台置いてある」ハコだ。
前回、なにわの歌姫 城領明子ちゃんとコラボした時に、その二台のピヤノを効果的に使って色々やってみて楽しかったので、けふはしーシュのみだがやはり色々やってみる事に。

ステージと反対側の壁に設置してあるピヤノと、ステージ上でのベース位置・・・つまりはお客さんを真ん中に挟んでの演奏といふ事になるが、まづはそれで1ステージ。ワシの位置からはお客さんとしーなさんの背中が見え、真ん中に火でも焚けばキャンプファイアの様相。お客さんは右見たり左見たり・・・テニスの観戦をしてゐるかのやうな(笑)。
これはなかなか楽しかった。

二部も、ワシがピヤノ弾いてのツインピヤノや、ベースのみの伴奏でしーなさんは客席で歌ったりや、ステージのピヤノ椅子に二人が座って生声で歌ったりや、と会場の特異性を生かした、たいへんオモロいライヴができた。
お客さんは決して多くはなかったのだが、3月に決まってゐるここパーホリのライヴでも色々と面白い事が出来さうで、今後の期待は膨らむ。
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今年は始まったばかり。で、旅もまだ始まったばかり である。

1月13日(日)しーシュ新春ツアー二日目:刈谷サンダンス --------

ゆんべは関目の我らの家に宿を世話になった。
大阪車旅の場合、関目の低料金駐車場に停泊してから、電車で中心部へアクセスす、といふ方式をとるのだ。

店で寝て、朝 銭湯に行き、といふ関目パタンも踏襲して、みんなと飯を食ってから、刈谷へ向けて出発。
けふは富山からパーカッションのヤマダベンがやって来て合流する。けふから二日間は「トリオ・だ・しーシュ」となる。

さて、大阪から約3時間。ハンバーガーの名店サンダンスに到着。
この時期のこの店、と云へば数年前まで恒例だった「新春音もダチショウ」。「座長」富安秀行さんを中心に、全国から集まってくる旅音楽仲間と、まる壱日過ごすここでの時間がたいへん好ましかった。

けふはしーシュの企画で、といふ事で近隣から多くのお客さんが集まってくれ、そこに新しい仲間としてベンちゃんを紹介す、といふ流れとなった。ベンちゃんとしーシュは去年の夏以来。新曲もあり、まぁいちをう音源は聴いといてもらったけど、リハができる訳でもなく、本番はお好きに、といふかんぢで・・・。

したらま〜、やはりさすがのベンちゃん。けふ初めて合わせる曲も、もぅ何度かリハをして来たかのやうなイキの合わせ方。じぶこんのレコーディングの時にも確信したのだが、典型的な直感型の打楽器奏者であり、まるでインドのタブラ奏者の対応力にも匹敵するプレイに、一緒に演りながら舌を巻く。

そんなこんなで、いつものしーシュを聞き慣れたお客さんにも、新しいパタンを見てもらへて良かった。たいへん好評のうちに終了。今ツアーの「目玉商品」であるボヘミアン・ラプソディ完全版には、涙を流して喜んでくれる人も多数。ははは、演ってよかったねぇ〜。
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といふ事で、初めてしーシュのみの企画として演れたサンダンス。
ここは日当たりが良く、おまけに肉を焼くために一日中火が焚いてあり、店内がとても暖かい。ので、ここでライヴを演った後は体調が良くなる事が多いのだ。
けふも身体の芯からあったまり、気分上々で引き上げる。ありがとうサンダンス。

1月14日(月/祝)しーシュ新春ツアー三日目:飛騨古川リトルビレッジjr --------

ゆんべはベンちゃんと一緒に名古屋まで来て泊まった。

当初の予定では、この名古屋に車を放置し、雪道に慣れたベンちゃんの車に3人乗って飛騨入りせん、としてゐたのだが、ど〜もここ数日の陽気では雪を警戒する必要がNASAさうと判断。なにせ去年の1月に上越の豪雪で死線を彷徨った3人。熟考に熟考を重ね、ここらでひとつ しーシュ初の試みではあるが、「ぐっち」での山越えを敢行せん!。
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その予測と行動は正解で、東海北陸自動車道は積雪はあるものの 冬用タイヤで十分対応できるレベル。瀬戸内のワシらからすれば、充分に「よぅ積もってゐる」と見受けるが、この辺の人に云はせると「まるで春のやうだ」と。事故も渋滞もなく、約4時間で飛騨古川に着。

相変わらず思いっきり口の悪い(根は人情家)カツカツさんこと川端克彦氏に出迎えられ、ライヴの準備。

初めて飛騨古川に来たのは2012年の2月。Wetbackのサポートメンバーとしてやって来て、まぁエキストラ・ステージを演らせてもらひ、メンバー以外の知り合いが誰も居らぬ中、大宴会と化した打ち上げ会場の隅っこで、しーシュふたりし〜〜〜〜ずかに焼酎の蕎麦湯割りを飲んでゐたのを思ひ出す。

それから苦節7年!。
よーやくこの町にも「ウチらを見に来てくれる」お客さんが根付き始めた感がある。それどころかここのお客さんは、カヴァーを多めに演ると不評だったりする。オリジナルが聴きたい、と云ってくれる。ありがとう。ホンマにありがとう。
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ベンちゃんの熱演にも後を押され、ウチもえぇかんぢの演奏。
カツカツさんからも『なかなかえぇぢゃないか(彼にしてはだいぶ褒めてゐる)』とのお言葉(笑)。

新潟からは朋友ゴスカルこと今野地塩が駆けつけてくれてをり、去年の大雪害のおり、彼のアドヴァイスに従って難を免れた事もあり、ベンちゃん『命の恩人と再会だ!』と喜んでゐる。ゴスカルとは打ち上げにも共に行き、楽しく和やかに過ごしたが飲みすぎたのはワシである。

1月15日(火)しーシュ新春ツアー四日目:飛騨古川三寺参り --------

凍りつくやうな宿で目覚めると、もぅ昼前だった。
ゆんべの酒がだいぶ残ってゐるが、けふはライヴ自体はなく、地元の人たちと地元の祭りに参加するのみなので、まぁ・・・。

和装に下駄履きで参加するのがここの祭りなのだが、あいにく朝から雨が降ってをり、ぬ〜・・こはどぅしたものか、と思ひ、日中は車を出して各所を回り『着物の下に履いてもオカシくない長靴』なんぞを買いに行ったりす。車旅の利点、ここにあり!てかんぢだなぁ・・・。

さて日が暮れる頃にはうまい具合に雨も上がり、町中に施された蝋燭に火が灯る。雨が降ってたぐらいなので気温は高めで、寒くてしょーがなかった去年と比べても、だいぶ楽に過ごせるのが嬉しい。地元の人らも『こんなに雪のない三寺参りは初めてだ』とか云ってゐた。
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去年同様、地元の人らと一緒に札所を巡回し、馴染みの店には顔を出し(知り合いも増えた)、またひとつ古川に馴染めた気のする三寺参りの夜であった。みなさん、ありがとう。

1月16日(水)オフ --------

三寺明けて古川最後の朝。

けふは雪模様。昨日これなら風情があっただらうに、とも思ふが、それならそれで多分たいそう寒かったはずで、まぁそこはさういふアレで・・・。

けふもライヴはなし。名古屋に前入りしておけば良いだけの壱日。東海北陸道をまた引き返す。これも順調に進めた。
・・・が!、雪道を走る、といふは泥雪や凍結防止剤などの飛散で想像以上に汚れるもので、名古屋に入って来た頃の我が「ぐっち」様は、ちょっと哀れなくらい汚れてゐる。
こはさすがに・・・なのでフと思ひたち、これも人生初である「コイン洗車」を試みる。まぁ洗剤で洗ってやれるほどではなかったのだが、高圧洗浄機でしゃぁしゃぁ水を吹っかけると汚れがどんどん落ちてゆくのは気持ちよかった。
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とある小説で、このコイン洗車場を使った死体遺棄を描いたもの(死体を車で丁寧に轢き潰し、その残骸を高圧洗浄機で洗い流す、といふ・・・)があり、アレを思ひ出した・・・。

その後も木曽川のたもとで車を止めて柔軟体操したり昼寝したり、思ひつく場所で思ひついた事ができる、といふ点でも、車旅といふはまことに便利なものであるなぁ、と改めて思ふのであった。

1月17日(木)しーシュ新春ツアー千秋楽:名古屋りとるびれっじ --------

さてツアーも千秋楽。
こたびは日数も長くはなく、またライヴ自体も詰まってはおらぬハズなのだが、内容が濃いせいかえらく長く旅をしてゐる気がする。まぁ自分らで運転してるから、てのもあるだらうが・・・。

おなじみ今池はりとるびれっじ。ここん処ここでは料理付きライヴばかり。けふもまぁ料理といふほどではないにせよ、かる〜〜〜いオツマミくらいは作るか、と・・。サンドヰッチ用のパンを使ったカナッペのやうなものを。

今ツアーはウチにしては大変珍しく、ほぼ毎日同じラインナップで臨んだ(大抵のツアーバンドは連日同じ演目で構成するが、ウチは出来るだけ毎日違った演目で挑む)。まぁちょっと今回さういふ気になった、てのもあり、それが自分ら的にどういふ効果を生むのか知りたかったのもある。

結果として、繰り返す事でザツになる部分と、洗練されてくる部分があり、思ったほど自分らでは飽きなかった、といふのも発見ではあった。目玉商品ボヘミアン・ラプソディも結果的には毎日やったのだが、確かに千秋楽の出来が一番よかったやうにも思ふ。
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会場には、いつも名古屋でやれば来てくれるお客さんが集まってをり、自然と「今年もよろしくお願いします」と言葉が出る。
色々な事が変わりゆき、変わらぬものは一層その「変わらなさ」が輝く。
変わる事なく変わり続けるものこそが美しい。しーシュもさうありたい。さうあらねばならぬ、と強く思ふ。

どうもありがとう。
そして、これからもよろしくです。

1月18日(金)帰広 --------

名古屋名物「あんかけパスタ」を食って、名古屋を出発。
広島へのながいながい行程だ。

車旅も増え、もぅだいぶ慣れた気もするのだが、やはり長い行程であることには違いない。特に、東の方面からこっちに来る人たちが必ず口にする『岡山までが割と早かったけど、そっから広島までが な〜がい長い!』といふアレだ。

長いのだ。
岡山〜広島、と云へど、「広島市」は広島県の中ではだいぶ西側にある。で、割と密に街が連なる関西から岡山までで「楽勝」と思ふ人も多いが、岡山県の割と中心にある岡山市から、広島県のだいぶ西にある広島市までは、ぢつは大阪〜岡山間と同じくらいの距離なのだ。わかったか。

そんなかんぢでなかなか近づかぬ広島を目指して、ただただひた走った壱日。
朝の11時に名古屋を出て、(まぁ途中で寝たりしたけど)我が家に帰り着いたのは19時過ぎだった。
出発前にイワした首と腰は、旅のあいだ日々痛む場所を変えながら継続し、良くも悪くもならず、広島まで持ち帰った。
しーなさんは大幅に体調を崩し、帰りの車の中ではづっと口内炎の痛みに苛まれてゐた。

車旅の可能性が、また広がった旅でもあった。
4月にはこれまた記録更新となる、焼津までの車旅も待ってゐる。
腰をイワしてゐる場合ではないのだ。





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この人を見よ

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1月6日(日)---------

ライヴ明けでほっこり。
用事の入ってない日曜日なので、久々に映画でも見るか、とか思ってゐたが、意外にさういふ時間は取れなんだ。

げに今月、 びっくらするほどライヴが入っておらず、新年早々にコレでは流石によろしくないな、と。かと云って今から埋まるハズもなく・・・。できれば常に半年先くらいの予定が埋まって埋まって・・・のやうな人生が望ましい。
が、あまり先を急ぎすぎて、オモロさうな企画に乗りそこねる、と云ふのもよろしくない。

さういふ企画に限って、一年前から押さえてゐる日にカブって来たりするのだ。ブッキングあるある。

1月7日(月)---------

正月の間 退院してゐたオフクロの今年の動き・・・すなはちリハビリセンターから本格的に退院してのち新しい施設に入って・・・の動きのための裏方のあれこれをしに、朝から廿日市へ。

売り言葉に買い言葉・・・、といふものの不毛さを思ふ。
気の強いもの同士の間でよくあるそれが、結局なにも生み出さぬどころか、せっかく積み上げて来たものまで無に帰してしまふ、といふ事象を何度も目にしてゐる。

一旦飲んだ言葉は一生飲み続けるべきだ。
云ひたいことは云はなければ損、といふ風潮がまかり通るのは痛々しい。たれがそんなことを決めたのだ?。
内なるものと本気で戦ってゐるものに、外側の敵が入り込む余地はない、とディランも云ってた(と思ふ)。

1月8日(火)---------

暖かくよく晴れてゐる。
練習もしたいしロードワークにも出たい。両方やるには準備がちょいとメンドくさい。んーなにか良い手は・・・?。
かういふ時によく起こるのが、結局どっちも出来ずに1日が中途半端に終わる、といふもの。あれは避けたい。

数分間ポジティヴに考へて『おぉ、久々に野外練習すれば良いのだ』と思ひ至る。
楽器を背負い、チャリに乗り、向かい風の中をけっこう本気で漕ぐ。30分程度走ったところで河川敷に降り、つらつらと1時間くらい思ひ付くままを弾き、歌い、たいへん気持ちよく。その後ストレッチと軽い運動をして、またチャリで30分。
とても素晴らしい午後の使い方であった。

昔、川べりのアパートに住んでゐた頃は、この野外練習は「日課」だった。
そは メトロノームを鳴らしながらのスケールやリズムトレーニングの、わりとガチな練習で、けふのやうな楽しみ半分の演奏、といふかんぢではなかった。しかし、フと緩んだ時に弾いたフレーズが気に入り、それはのちに「此岸之朱(こがんのあか)」といふ曲になったりした。
あと、学校サボって暇つぶしに来てる二人組のカワイイ女子高生に逆ナンされたりもした。

オモロかった。またやらう。

1月9日(水)--------

はるか太古に文庫で揃えてゐたハズの 村上春樹「羊をめぐる冒険」が、なぜか上巻しか見当たらず、「そのうち出てくるわ」と思ってゐたが、さう思ってすでに数年経過した。
こはどぅやら本格的に下巻を無くしたやうだな。ので、こたび海女存で中古本を買い直した。

したらこれに、なにやらやたら書き込みがしてある。
超廉価の古本なのである程度は覚悟してゐるが、あまりにひどい。論文かなにかの参考にしたのか?と思ひもしたが、このやうな不条理な物語を論文の参照にするのは非現実な話。文体を書き直した形跡もあり、どーやら前の持ち主はこれをなにかのシナリオに流用したらしひ。
どのやうなモノにこの物語が流用されたか、気になる。

てゆーか、書き込みした本を売りに出すなや。てゆーか、古本屋も調べずに転売すな。

大学生の時にこの「羊をめぐる冒険」を読み、前作前々作から続く一連の物語(「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」とこの「羊〜」で、いちをう『三部作』といふ事になってゐる)の締めとしてはあまりに悲しいラストに、ま〜この村上春樹といふ作家は、どれだけ歪んでゐるのだらう、と思ったものだ。

そしてこの悲しい締めに、自ら落とし前をつけた感のある、1988年作の「ダンス・ダンス・ダンス」、でワシは村上春樹のファンになった。よもや こんなに世界的に売れる作家になるとは思ひもよらなんだが・・・。

1月10日(木)---------

近年発表される、いわゆる「新しい世代のベースギター」の、そのデザインの悪さに辟易してゐる、みたいな事は前にも書いた。弦の数ばかり増えよって、太った人間のやうなもっさりしたボデーに やたら長いネック。取り回しが難しさうなデカいヘッドや重さうなパーツなど、どれ一つ取っても心惹かれる要素がない。

そもそもワシは、デザインで云ふとフェンダーのストラト系よりは、ギブソンのレスポール系の方がク〜ルだと思ってゐて、しかるにベースギターはそちら方面への進化を全くせず、ストラトから派生したデザインばかりなのが嘆かわしい。

一時期、東京にソロで足繁く通ってゐた頃、某楽器メーカーの重役と名刺を交換し、当時海外向けに作れられてゐたブラッチック製ボデーの某ベースをエンドースできぬものか、と協議したことがある。
たいへん良いデザインで、しかもピエゾのPUが付いてゐた、といふ事でおぉいに期待したのだが、現行モデルにフレットレスがない、といふ事で決裂したのだった(今思へばフレット付きでもよかった)
そのモデルは それから5年もせぬうちに撤廃されたので、あまり良くはなかったのかな?。でもエンドースが成立してゐればオモロかったらうに、とも思ふ。

1月11日(金)---------

新しいホームページを立ち上げるにあたり、デザイナーとあれこれ。

使われてゐる写真がどれも「カッコいい系」なので、なんか変なかんぢ。それを伝えると『知らない人にアプローチするにはカッコいい方が有利』とのこと。そんなもんなのかねぇ・・・。
まぁこたび外部デザイナーを招いたのは、自分だけでは知り得ない自分のアッピールを知るため、でもあるので、まぁそこは信頼して任せてみやうか・・・。

3年前まで教鞭を取ってゐた音楽系専門学校が、この3月で完全閉鎖といふことになるさうで、その同窓会的な会合があるさうだ。さうか、ついに閉鎖か、との思ひとともに 感慨深い。

若い世代との精神交流といふ意味では 有意義な現場ではあったが、毎年開いてゆく生徒との年齢差にやがて埋められぬ溝を感じ始め、旅が忙しくなってきた事と、自分で教室を立ち上げた事もあり、3年前の春に後進に席を譲って退陣したのだった。
良き出会いもあったし、実を結ばぬ交流もあった。
巣立って行った生徒たちにしてみれば「母校がなくなる」といふ事態は寂しからう、と思ふ。

しかし、事象は常に変化する。
変わらぬものなど何ひとつないのだ、と思ひながら、いざ さらば。

よろこびことほげ

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1月1日(火)---------

去年ぐらいからラヂヲでの「ゆく年くる年」をやらなくなったやうだ。
それまでの紅白の乱痴気騒ぎから一転する、あの静謐さが良かったのに・・・。
仕方ないので、youtubeに上がってゐた去年の「ゆく年くる年」を見てナゴみながら年を越した。

しかしま〜、聴くともなしに聴いてゐたが、紅白で流れる歌たちの悲惨だったことよ!。
視覚要素のないラヂヲだと下手な歌手はホンマにヘタクソなままで、いつぞやの酢魔布なんぞマジで酷くて、もぅナカイ君など可哀想なほどだった。
さらに唄われる歌どもの「ここではないどこか」感、「君だけに愛を」的な薄っぺらさ、「あたしだけを見て」的な欺瞞のオンパレードに、もぅ途中からギブだった。

その中に「お」と思ったのはサチモスとかいふバンド。今時の青春くされロックとは一線を画す楽曲と歌声は興味を惹かれはした。あとはまぁ、椎名林檎+1の圧倒的な存在感。

1月2日(水)---------

里帰りした女房の実家にて、箱根駅伝の往路を見るのも年始の恒例。
高低差850mとかいふ箱根の山を、学生に走って越えさせるといふ狂気の祭典も、もぅ95回目なんださう。

通過ポイントのひとつに「小涌園前」といふのがある。
この小涌園がホテルとして営業してゐた時代、ワシが通ってゐた中学の修学旅行の投宿先がこの小涌園だった。
温泉を要する巨大な複合アミューズメントホテルとかで、他の複数校の修学旅行生もここに放り込まれてをり、なんかもぅロビィとか廊下とかぐぢゃぐぢゃだった記憶がある。

わずかな自由時間に、当時のガールフレンドと旅館内のどこかで落ち合う約束をしてゐたのだが、そのぐぢゃぐぢゃに巻き込まれ、結局会えずじまいだった、といふニガ酸っぱい想ひ出の場所、小涌園。

しばしば旅をする身になってみると、もぅ一度箱根のえぇ宿にヒトの金で泊まってみたい、とは思ふ。

1月3日(木)---------

今現在メイン楽器となってゐるスタインバーガーの「カラス」。

これに太いゲージのブラックナイロンを張ってゐるのだが、これがぢつに3年間張りっぱなし、といふ事になってゐる。そもそも急場凌ぎのつもりで張ってみたら思ひのほか良かったので、まぁ切れるまで張っとくか、みたいな気でゐたら3年も経ってゐた。で、切れる気配もない。

さすがにどーか?と思ひ、3年ぶりに張り替える事にした。
いちをう同じナイロン弦の少し細いやつも、フラットワウンドのレギュラーゲージも手元にあるのだが、なんかそんな気になって、これも手元にあったスタインバーガー用の「ダブル・ボールエンド弦」を張ってみた。
多分たれかから貰ったもので、これが「ラウンド弦」。ここ数十年フラット弦しか使ってなかったワシには、ホンマに久しぶりの「指のザラザラ感である」。
貰いもんなので相当古い弦のやうだが、もともと古い弦の音が好きだし、えぇ感じにくたびれた感があって悪くない。

よーし、年始のしーシュライヴはこれで演ってみやう。

1月4日(金)--------

しーシュの初リハ。

明日の「薬研堀夜市」や来週からのツアーに向けてのリハが中心となる。
なかでも明日の夜市では、目玉商品(?)として、クゥイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」のフルヴァージョンを生演奏で演る、といふのがあり、中間のオペラ部分に特に時間を割いてリハする。

過去、様々なミュージシャンが挑戦してゐるらしひが、たった二人で、しかも楽器弾きながらこれをカヴァーする、といふ暴挙はほかにたれも演ってないのでは?と思ふ。へへへ・・。

その後、カワちゃんがやって来て、「旅のしゃべラジ」の新年ぶんを収録。
新しいジングルも録り、まぁささやかな「新年会」として3人で飲みに行く。最近カワちゃんが積極的に酒を飲むやうになったさうだ。
ぱんぱかトリオ、としての活動が始まって3年目。まぁえぇかんぢに波に乗ってゐるのではないか、と思ふ。

1月5日(土)薬研堀夜市第11回@JIVE --------

今年一発目のライヴ。
今年一発目のしーシュ。
今年一発目の夜市である。

今回、先述したやうに「ボヘミアン・ラプソディ」に燃えてをり、けふもライヴ前にリハ。本来、直前にリハを入れるのはあまり好きではないのだが、今回はさすがに・・・。
けふは和装で演ることにしてゐたので、どーせなら、と着替えた状態でリハしてみる。したら演奏に邪魔になる部分やらが発覚し、リハ入れといて良かったね、と・。

会場入りしてからも「ボヘミアン」。
こんなに一曲を何回も何回も何回も練習す、といふのはウチには大変珍しく、こはやはり我らの「クゥイーン愛」・・もさることながら「ややこしいことを無理して二人で演ってるデュオ」としては、絶対に「落とせない」局面である、といふ意地のなせる・・・・。

で、練習しまくった結果、本番前につかれてしまった。

内容も、ながら、集客も心配だった。
新年早々(仕事始まりの人も多い)どれだけお客さん来てくれるものか、と懸念してゐたが、嬉しきことに開始時間には満場。常連さんは云はずもがな、久しぶりに顔を見る人もゐて、年始のご挨拶としても良いタイミングとなったやうだ。
本当にありがとうございました。
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で、ボヘミアン〜だが、練習しただけの甲斐はあった。と思ふ。
けふだけの演目にするんは勿体無いので、今年、まぁ世間のクゥイーン熱が冷めるまではレパートリィに加えて演り続けてみやうか、と合議す。

他のラインナップも上々の出来で、ライヴ初めとしてもハナマルな夜市であった。
ラウンド弦のカラスもなかなかで、やはり4弦をハジいた時のサスティーン(伸び)が違う。カッティングが思ったよりヌケないのは誤算っちゃ誤算だったが、ここゾといふ時のアタックはさすがに音が立つなぁ。

だがまぁ、フレットレスである以上、このギザギザの弦が指板を痛めてしまふのは避けられぬ訳で、それを考へると継続的に使うのはやはり・・・と思ってしまふ。みんなどーしてンだらうか?。


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冬の魚達につひて

12月22日(土)まびなチャリティコンサート@くらしき健康プラザ ------

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2015年の東北は女川への遠征で知り合った、ボランティア・スタッフのHさんから、先の西日本豪雨災害で甚大な被害が出た倉敷市は真備町の被災者に向けてのクリスマスコンサートをしてはくれぬか?との依頼。

しーシュおよび梶山シュウ個人としても、かういふチャリティ系イベントへの出演は慎重に慎重を重ねてゐる。
そは自分らのためでもあるが、ひぃては音楽業界全体のため、でもある。
ツイ最近、知人のチャリティライヴで起こった「とある事例」を聞いたばかりなだけに、よーくよーく吟味して、東北で何日かご一緒した時のHさんの人柄や思ひなどを鑑み、わりと特例としてお受けすることにした。

機材一式積み込んだ「ぐっち」で、倉敷へ向けひた走る。

待ち合わせ場所で3年ぶりのHさんと再会。
Hさんの案内で、被害のひどかった場所、空き家になった家屋群、その場所から新たに立ち上がって頑張って商売を始めてゐる人たち、を訪ねて回る。どこにも「くじけない人々」はゐて、さういふ所から目に見えるやうなパワーが立ち上ってゐるのを感じる。けふは良いライヴにせねばならんね。

ボランティアの方々の手作りで会場が準備され、ワシらもそれに合わせて音響を設営。不慣れなスタッフに進行のアドヴァイスなどもしながら、お客さんが集まりはじめ、いざライヴスタート。

年齢層や男女比もチェックし、リクエスト曲とオリジナル曲の比率や、時節柄のカヴァーなど、綿密に準備し、我々も楽しむやうな気持ちでステージを務めさせていただいた。序盤から涙を流して喜んでくれる人が続出し(笑)、楽しい曲では手拍子も合唱も起こり、良いライヴをお届けできたのではないか、と思ふ。

多くの方が心からの感謝を述べながら帰って行かれ、あぁ良い仕事をさせていただいた、との思ひひとしを。
滅多にないことなので、我々も本当に感動した。Hさんはじめスタッフの皆さんからも並々ならぬ謝辞をいただき、お受けしてよかった、と心から思った。

復興も再建も、まだまだこれから。また訪ねて行きたいと思ふ。

12月23日(日)--------

年末になると新聞の一面を使って『冷凍カニ足1kg!特売!』みてぇな広告がよく載る。以前より「どんなもんかいな?」と思ってゐたのだが、お陰様で今年は年末に割りの良い仕事が多かったので、ついに注文してみたのだった。
そのカニ足が、けふ届いた。

みっしりと箱に詰まった巨大なカニ足。なるほど食べ出はありさうだ。
だが、極めて硬度に凍結してをり、半日放置して解凍を進めてゐたが、夜になってもまだ全然溶けておらぬ。
ので喰ふのは明日とした。

12月24日(月/祝)--------

クリスチャンのワシにとってクリスマスはやはり感慨深い。
そもそもクリスマスをちゃんと祝いたいからクリスチャンになった、といふ異例の経歴なので、クリスマスを祝わぬわけには行かん。

青年期のこの日は、聖夜礼拝に出席し、仲間たちと街に繰り出し賛美歌を歌い、おごそかに皆と会食をし、といふ日だった。
・・・が結婚してからは家族=ニョーボと二人で鳥を調理して喰ふ、といふのが習わしとなり、いちをう結婚後20数年にわたりそれを実行してきた。

その「鳥」を、今年は「カニ」で代用する。
ひとり一匹、とまでは行かぬが1Kgのカニは流石にけっこうな量がある。足をもいでは割り、割っては喰ふ、といふのを黙々と繰り返し、喰ひ切った(ぢつはまだあともぅ1Kgある)。

さすがに味に飽きるな・・・(笑)。

12月25日(火)しーなとシュウ畳屋PICOの忘年会2018 --------

しーシュは2007年の年末・・・結成後2年目には「クリスマス・ライヴ」と称して自らが料理を振る舞うライヴをはじめてゐた。それが恒例化し「料理するバンド」と認識されるやうになり、それがやがて「居酒屋椎修」に繋がるわけだ。

大元となる年末ライヴ。
25日より前ならば「クリスマス・ライヴ」、25日以降ならば「忘年会ライヴ」として続けてきたが、今年はなんとなく『やんなくても良いかな』といふ気持ちでゐた。したらファンから「今年はやらんのか?」の声が結構あり、まぁそれならば、といふかんぢで、投げ銭にて気楽なライヴ、といふ形で演ることに。

料理もあんまり凝らず、巨大な鍋を一つ用意して、皆でそれをつつきながら・・・のつもりだったが、有志が望み出てお好み焼きや炒め物なども出してくれ、結構豪勢な会となった。
肝心のライヴがなんとも音場が掴めず演りにくかったのが残念だったが、ウチのライヴにしては珍しく、終演後もお客さんのほとんどが店に残り、ワシらと話ししながら飯を喰ひ酒を飲み、といふ場になり、とても良いかんぢだった。
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あぁ、かういふ場こそワシの演りたいものだな、と改めて思ったのだった。
「地元今年最後のライヴ」だったとしては、ちょいと消化不良なかんぢは否めなんだが、「忘年会」としては大成功。
鍋もすっかりカラになり、心もお腹もいっぱいにして帰ってくれたのなら、嬉しい。

会場提供してくれる水木畳店当主 ツンちゃんにも感謝。

12月26日(水)-------

例年だとすでにこの時期 レッスンの方の仕事は終わってをり、ライヴ以外の仕事は家の掃除や片付けなどを残すのみ、なのだが、今年はありがたいことにレッスンが盛況であり、けふ明日は出張を含む個人のレッスンが満載、といふ珍しい年末である。

な訳で、西に東に、車で移動してはレッスン、といふ壱日。生徒は全員女性、といふ・・・。

12月27日(木)--------

来年の何月かに、現在契約してゐるホームページのサーバーが終了す、とかで、サイトを作り変えるかサーバーを移動するかせねばならん。現在更新に使ってゐるソフトが旧式のPCにしか対応できん、といふデメリットも含め考へどこに来てゐた気がしてゐた。

ので、思ひ切ってサイトを作り直し、しかも作成をプロフェッショナルに依頼することにした。
けふはその打ち合わせに担当者と落ち合って諸々会議。どのやうなページに仕上げるか、こちらの意向を汲みあれこれ進めてくれるさうで助かる。

まぁ作り変える、とは云っても内容はごくごくシムプルにするつもりだし、いらぬコンテンツを加える気もない。基本的に現在のサイトをベースに、もぅ少し近代的にポップに仕上げてもらふつもり。

思ひのほかスムースに会議が終わったので、一旦家に帰るかどーか悩みもしたが、まぁそのまま市内に居座り、昼飯食ったり、本屋を覗いたり、スタヂヲに篭ったりして、夕方からは今年最後のレッスン。
しはすはすすむ。

12月28日(金)スーパーウェイター@関目我らの家 --------

毎年恒例の大阪〜神戸〜京都の年末サーキットに出発。
まづは大阪・関目。お馴染み「我らの家」でのけふの名目はしーなさんのソロ。ワシはライヴの間、店の従業員として働くのだ。リハーサルでは会場の音響を調整したり、完全な裏方に徹する壱日。かういふ日も好きなのである。

開場よりいくらもせぬうちに客席は満員に。次々と入る注文を聞き取り、伝達し、ビールを注ぎ、満場の客席を華麗に舞い、給仕に没入す。「本職にしてもイケるんぢゃない?」の声があちこちで上がる。

してライヴの方でも、しーなさんから「給仕をしながらハモれ」との御達しがあり、客席に居ながらにして参加。3曲でギターも弾き、インターバルではまた華麗に客席を舞い、オーダーをサバく。良い仕事ができたやうに思ふ。

にしても我が相方ながらこの人気の高さよ。ワシがソロを演ってもここまで満員にはならん。美形&妖艶な女性歌手、といふ事を差し引いても、よく練られた内容豊かなライヴである。ライヴァル意識を強調する訳でもないが、毎度「勝てんなぁ」と思ふ。
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まぁ、そのポピュラリティを強みにしーシュを演り始めた訳だし、それは良いのだ。よぅは今年あんまり曲が作れんかった自分がよろしくないのである。まだまだ精進せねば、ね。

12月29日(土)神戸西宮 街の唄2018@西宮RJ&BMEs -------

これも恒例、29日の西宮。
昨日関目で一本演り、「我らの家」に泊まってのけふ、なので色々と楽なのである。店を拠点に動き、買い物行ったり練習したり・・。まさに「我らの家」。店主ゴンスケさんに心より感謝。

さてけふのライヴでは、しーシュの他に地元西宮の老舗バンドのサポートを頼まれてをり、早めに会場入りしてメンバーと落ち合い、軽いリハーサルなど。何度か書いてゐるが、すでにヴェテランの域も半ばを越したしーシュが、この集いの中では最年少、とかいふメンツ。最初頃はけっこう色んなユニットからサポートを頼まれたりしてゐたが、ここ数年はなぜかそれもあまりない。

特に今回は、病に倒れてゐる中野督夫さん(秋口に突然くも膜下出血で倒れ、現在も入院中。)へのエールの意味合いが強く出てをり、トクオさんとの繋がりをそれほど語れぬワシらは、いつにも増して「浮いた」存在。そこに気後れせず、他の出演者がMC&唄で3曲20分、のところ、ワシらはMCなしで5曲20分、を貫いた。
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出演者それぞれの、トクオさんへの愛に満ちた、良いライヴだった。
だが、ちょいとイベント全体が長すぎる気はする。去年もさう思ったのだった。

12月30日(日)京都 街の唄2019@モダンタイムス -------

しーシュとしても個人としても、2018年最後の本番。大好きな京都のイベントだ。

一昨年ぐらいから、関目のMiyoGonが出演者に加わり、しーシュは当然「関目コネクション」として
そのサポートに。しかしMiyoGonにはベース奏者としてヨモギといふ若者がゐるので、ワシはだぃたぃパーカッション担当。
今回は沖縄のパーランクとタムバリンを養生テープで貼っつけた「即席パンディロ」で出演。ははーん来年からパンディロ持って来れば良いんだな・・。

けふは昨日より出演者が多いのだが、主催のオイワさんの采配でとてもスムースにライヴが進行する。
だがみーんな歌よりMCが長い(笑)。ならばワシらは、とばかりしーシュは昨日よりさらにMCを排除。3曲目が終わるまで一言も喋らぬ、といふ快挙に。その後も軽い挨拶だけで残り2曲をタンタンっと。楽曲の暗さ&激しさとも相まって、ちょいと嫌味だったかな?とは思ふ(笑)。
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まぁ仕方ないぢゃないか。

昨日の西宮ほどではないにせよ、ここでもやはり中心人物のひとりであった トクオさんの不在は陰を落とす。厳しい現状ではあるらしいのだが、どぅか元気になってステージに帰って来られる事を切に願ってゐる。たれがどこでどのやうな形で病魔に襲われるかどうか、たれにもわからないのだから・・・。

12月31日(月)--------

大晦日に京都にゐる、といふのも、ここ数年の恒例。
親友である中村コーイチ&あらいなおこ夫妻宅に泊まった仲間たちと昼飯。皆んなこのまま新年を迎えるまで京都で過ごすのださうだが、しーシュは毎年、それぞれのウチに帰る。

今年はこっからがトラブった。
まづ、出発が思ひのほか遅れ、予約してゐる新幹線に間に合う新大阪行きの電車になんとか滑り込みで飛び乗り「ヤレヤレ間に合った」と思ってゐたらなんとこの電車が途中の駅で止まりよった!。
なんでも架線に飛来物、とかで結局15分遅れ。新幹線には間に合わず、まぁこれはJRの責任だらう、文句云はれても知らんとばかりに、順次来た新幹線(のぞみ)の自由席に乗ればこれが乗車率200%近いギューヅメ状態。
そのギューヅメの中で扉に押し付けられてゐた兄ちゃんがケータイを扉の間に落としてしまひ、姫路駅でまさかのさらなる停滞。詳しく見た訳ではないが、ケータイを落としたのは不可抗力だったやうで、しかしながらあんなに長時間新幹線を止めてしまったあの兄ちゃんにナニか責任が問われるのではないか?と、他人ごとながら心配。

結局、我らは岡山で当初の予定の新幹線に追いつき、ガラガラに空いてゐるこだまに、正規の切符でちゃんと広島に帰って来た。

大晦日の広島にて。
今年もよぅ旅した、との思ひが強い。
久しぶりにソロでも旅に出て、しかも楽器を持たずに唄旅をす、といふ念願も叶った。

色々な幸運と、えにしと、好意に支えられ、心穏やかに新年を迎えることが出来さうである。



来年もさうありますやうに。



しはすはすすむ

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12月14日(金)しーシュレコ発ツアー初段@パーカホリック/w 城領明子 -------

年内は微妙?と思はれてゐた新作「小鉢:其の4」が届いた。
それを持っての旅 第一弾は大阪二連チャンとなる。まづは、すっかりお馴染みとなったなんばはパーカホリックにて、女性ピヤノ弾き語り 城領明子ちゃんとのカップリング。

明子ちゃんは、しーなさんとは縁があり、なんとあのカシラとのデュオで広島にて共演した事があるのださう。以前よりしーなさんから『良いよ』と聞いてをり、しかしワシは初対面にて、どーなるやら、との思ひもまた楽しみであった。
ワシは何故か(てゆーか当然か?)初対面の女性アーティストに、極端に警戒されるか、えらい気に入られるかのどっちかなので・・・。

相変わらずの心斎橋の狂った喧騒を抜け、パーカホリックに着くと、明子ちゃんは既に来てゐてリハ中であった。
ワシが見てゐた写真や作品から受ける印象よりだいぶボーイッシュな女性。サバサバした物腰からも、宝塚の男性役みたい、と云ふと失礼なのかな?(笑)。さういふ印象を受ける。

明子ちゃんは、ワシの上を往く「直感型プレイヤー」であり、その感性で作られた楽曲を、しーシュがアナライズ&サポートす、といふ形でコラボしてみる。またさういふ事を喜んでくれるタイプのひとで、楽しさうに歌い上げてくれた。パーホリは、全国でも珍しい「ピヤノが二台置いてある」箱なので、それを活かさぬ手はあるまい、と、しーシュ史上初めて「ツイン・ピアノによるコラボ」も実現。

しーシュ単体でのステージもえぇかんぢ。たいへんたいへん珍しいことに、完成後何年にもわたって演奏され、得意ナンバーの筆頭ですらある『亀の庭』で、五拍子を見失う、といふトラブルが起きた。まぁコアなファン以外(さういふファンしか居らぬが)気づかぬ程度のミスですがね・・・・。

明子ちゃんは、明日やはりこの近くの場所で共演する、清水明日香の「マブダチ」ださうで、終演後 お店に残ってその辺の話をす。数々の爆笑エピソードからも、ふたりがあけすけにプライヴェートを語り合える親友同士であることが察せられ、微笑ましい。

明日も楽しみだ。明子ちゃん、ありがとう。

12月15日(土)しーシュレコ発ツアー二段め@大きな輪/w 清水明日香 ------

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昨日に引き続き大阪。しかも昨日のパーホリとも近い場所らしひ。マスター同士も友好な関係にあるやうで、パーホリマスターのタケシくんから『よろしくお伝えください』と伝言できる素晴らしさ。

さてけふのホスト(ホステス?)は、もぅ何度も共演してゐる なにわの妹分 清水明日香
明日香はけふのライヴを「クリスマスコンサート」として企画してくれてをり、けふのコラボはその流れで選曲。もともとこの3人で演るときは、意外なカヴァーもよく演ってゐるので、そこはお手のモン。

お客さんも明日香すじの ノリの良いご婦人など多く、よぅ盛り上がった。明日香とワシがデュオで演る局面では、もぅ何度も演ってゐる曲だけに、完成度が極限まで高まってゐて、明日香からも「これはもぅ二人の曲ですね」とお墨付きをいただくほどに。

けふはピヤノは電子だったが、ベーアンがとても良い古い真空管のアンプで、これがたまらんえぇ音であった。かういふの使うとやっぱり「あぁ古いアンプって良いなぁ」と思ってしまふ。「所有」するには仲々大変なのだけど・・・。

打ち上げはお好み焼き。『広島の人には・・』と謙遜してくれるが、ワシらどっちのお好み焼きも大好物。どちらも美味しく頂きまっせ!。と云ふことで、他のツマミも瓶出しのマッコリも美味く、久々に「ツアー中の喰ひ過ぎ」をやらかしてしまふワシであった。

明日香、ありがとう。

12月16日(日)正しいロックンロールの証vol 4@松阪MAXA ------
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さて、早いうちから大阪を旅立つ我ら。
向かふは松阪。4年ぶりのMAXAは「正しいロックンロールの証」である。

これ、もとはマクサの忘年会行事「正しいロックンロールの調べ」といふ、全国から旅のミュージシャンが集まる一大イベントだった。ご縁を頂き長きにわたって出演させていただいておったのだが、2014年の第20回をもってイベントが終了。以後は地元のミュージシャンを中心とした「証」として再出発してゐたさうな。

その4回目にしてよぅやく声をかけて頂き、今回の出演に相成った。嬉しい!。

このイベントでした会わないミュージシャンも多く、また元を返せばりぶさん富安秀行さんなど、ここで知り合って以後の交遊に繋がった人も多いのだ。会場のアチコテで『おぉ!久しぶり!』とか『元気だった?』と声を掛け合う音仲間。良いモンだ。本当に良いモンだ。

イベントタイトルが表すほどには「ロッケンロール!」なかんぢでもないのだが、それでも ウチが「浮いた存在」であることはおぉいに察して頂けるであらう。まぁその場違いなニッチを自分らで充分に認識しながら、怯まずに演る。デカいステージなので、ベースの打撃音ひとつにしても気持ち良い。久しぶりのワシらを待ってくれてゐたファンもそこそこにはゐて、しーなさんなど終演後は「写真責め」に会ってゐたらしひ(笑)。

出演者全員ステージに上がって、のフィナーレも素晴らしく、ワシは なんと、あの、寺岡信芳さん・・・・あのアナーキーのベーシスト、Groovinのベーシストの寺岡さん、にベースを譲ってもらって一曲弾く、といふ素晴らしさ。

ひえ〜。写真が上がってゐたので家宝にしやう。

いや〜〜〜〜、久々にここに来れて良かった、としみぢみ思へるイベントだった。ここに来れて良かった。ここに導いてくれた全てのことに、心から感謝を捧げたい。本当にありがとうございました。
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12月17日(月)--------

松阪から帰る。

この旅に出る前、日々のあまりの多忙ぶりに やや心を落ち込ませてゐたしーなさんが、この3日間ですっかり精気を取り戻した事が嬉しい。そもそもワシがこの人を誘ったときの口説き文句は『あんまり金にはならんけど、心底オモロいと思ふ経験はさせてあげれると思ふ』だった。

まぁ、嘘はついてなかった、とは思ひたい。

12月18日(火)--------

ちょいと早いが今年最後の楽器店レッスン。

今年一年で、過去最多人数から過去最小人数まで、激しい変動のあったこの会場。
来年から、担当者も変わるさうだ。ふる〜〜〜〜くからの付き合いで、個人的に二人で飲みに行ったこともある現任者が居なくなるわけだ。ますます新規の生徒獲得が難しくなるのではないか?と思ふ。まぁそれも仕方がない。

色々漏れ聞く情報によれば、来年はもっと景気が悪くなるらしひ。
今年は、割と真剣にバイトを入れねばならなんだ去年よりは仕事がうまく廻った壱年ではあったやうに思ふ。だが、それも来年はどうなるやら・・。

かういふとき必ず『この時代だからこそ攻めるチャンス!』とか鼻息の荒いのが現れるが、あーハイハイ戦ってくださいよ、としか思はぬ。

12月19日(水)隔月solo企画「吟」最終回@ふらんす座 ------

さて、今年壱年 続けて来た「吟」。
いょいょ最終回である。

隔月ではあるものの、定期的なソロを企画&敢行したのは久しぶりのことで、づっと平日開催だったわりにはコンスタントにお客さんも得て、少なくとも「あの」痛恨の企画・・・壱年ぶりのソロライヴにお客さんが3人しか来なかったライヴ・・・のトラウマを払拭できた。

だが同時に、やはりソロのライヴを打つことの限界も如実に感じた壱年ではあった。
「また演ります」とは云ったけど、多分もぅやらないと思ふ。
壱年お付き合いくださったお客さんには、心から感謝を申し上げたい。
本当にありがとうございました。

これにて『吟』・幕でございます。

12月20日(木)ぱんぱかトリオ年末大作戦@KOBA ------

今年壱年、よぅ走り続けて来たぱんぱかトリオの「演り納め」。

宣言通りけふは「あをぞう」を全編で使うパフォーマンスとす。
機材を搬入し、セッティンングして、リハ演ってるともぅお客さんが!。

前半はステージ(演者スペース)に入り込んで悪さするコドモと、それを全然注意せぬオヤがゐて、なんとも演りにくかったが、後半は純粋に音楽を楽しむお客さんのみでいっぱいになり、カワちゃんも絶好調。いいライヴだった。
あをぞうの音もバッチしで、kobaの当主ボムくんも「こない重低音出るんですねぇ」と驚いてゐる。さうなのよ出るのよ。
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考へてみれば、どんなシチュエーションでもヴァネッサ壱本で演って来た数十年を経て、特にこのぱんぱかトリオでは「ゔぃを子」「ぱん兵衛」「カラス」「縦べぇ」といろ〜んなベースを使ふやうになった。まぁ今後も色々使ってみやう。

終演後ボムくんと少し話す。
相変わらずの繁盛店で、けふもひっきりなしにお客さんが来てゐたが、オープンから16年、といふ。16年間、人気店である続ける、といふことのスゴさは、やはりこのボムくん=光行 剛といふオトコの人柄、人望に負うもの以外なにものでもない。

友人ダンサー関本麻須美ちゃんに連れて来てもらったとき、初対面だと思ってゐたボムくんと、ぢつは共演した経験があった、といふ事からワシにもお気に入りの店となり、こんなワシをいくつもクラブ・イベントに絡めてくれ、「何度も助けてもらった」と云ってくれる。
夜の街に出ぬワシだが、タマに来ればいつでも「おぉシュウさん」と気安く迎えてくれる。
ここで従業員として働いてゐた若い青年達も、それぞれ独立して良い店を持ってをり、それを我が事のやうに嬉しさうに語る。

こんな男になりたかったのだ。

12月21日(金)クリスマス・サロンコンサート@広島逓信病院 --------

Bobbysの仲間にしてワシのギックリ腰の主治医でもある、広島逓信病院・整形外科長 進藤先生の導きによる、逓信病院クリスマスコンサート、も5年目か?。

もぅすっかりお馴染みにならせて頂いたかんぢで、機材搬入からセッティングまで。
このイベント、ワシらも楽しみにしてゐて、入院患者さん達への、ささやかなプレゼントになれば良い、と思ひながらあれこれ選曲してゐる。まぁ割と毎年同じラインナップなのだが・・・。

今年は知人がタマタマ入院してゐたこともあって、その知人である 病院外からの見学者が多くゐた、といふ印象。入院患者さん達も例年になく音楽好きが集まられたやうで、終演後 本当に満足したやうな表情でそれぞれの病室に帰って行かれる姿を見送り、心から早期の快癒を祈らずにはおれなんだ。

本当に、みなさん、壱日も早い快癒をお祈りしております。

けふはワシにしてはたいへんたいへん珍しいことに、その後もレッスンが入る。ライヴを演ったあとにまでレッスンとは・・・。

その後なぜかシャックリが止まらなくなり、イラつく。
さういや30代の頃、あまりに止まらんシャックリにシビレを切らし、息を止めて横隔膜を押さえつける運動をしたところ意識を失い、便所で倒れて便器で顔面を強打し、それのせいで今もワシの鼻は軽く左に曲がってゐる、といふ話を思ひ出した。
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