旅立つ前に伝えたい言葉

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6月24日(土)---------------------

風邪にヤラれ、熱が出たり引っ込んだり。
まぁ医者にはかかった訳だし、これ以上現段階で自分にできることはない。
ただ、休むしかない。ひたすら横になる。
寝こける壱日。

<夢>
ワシが卒業した小学校の講堂(現存せず)で、ナニカのイベントが行われてゐて、そのクロージングの挨拶を、なぜかワシがしてゐる。随分とユルいイベントのやうで、演奏はまだ続いてゐるのに、観客はわらわらと自分たちの好きなやうに過ごしてゐる。
『え〜どぅもお疲れ様でした皆さん』
のやうな事をワシが云ふとまばらな拍手。

6月25日(日)---------------------

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風邪、好転の兆しなし。
ただ薬を飲んで横になっておく他はない。
数時間おきに身体がバーっと熱くなる感覚と、ちりちりと悪寒を感ずるかんぢが交互にやってくる。

<夢>
赤茶色の土から太古のナニカの化石がごろごろ突き出てゐる浜辺を歩いてゐる。
右手には同じ赤茶色の岩盤による岸壁。
見上げるとその中腹に、明らかに人工的な巨大な「穴」が開いてゐて、「なんかヤバげなかんぢ」と思ひ、その場を立ち去ろうとしてゐる。

6月26日(月)-----------------

ついに声が出なくなった。
もぅ なにをやっても駄目なのかね?。
去年、まったく声が出なくなる、と云ふ経験をして、今年はさうなるまい、と気をつけてゐたのだが・・・。

だが、夕方になって、此処数日身体から取れなかった「微熱感」がよぅやく薄らいだやうな感覚あり。

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6月27日(火)---------------------

久しぶりにしーシュで「営業」をいただいた。

我々が「営業」と呼ぶ職種とは、いわゆる「ライヴ」とは違い、企業なり個人なりの出資者がゐて、「これこれかうで」といふ条件と不動のギャランティが提示され、それに沿った仕事(音楽の提供)をこなす、といふもの。
生で演奏し 歌うわけだから、ライヴではない、といふ訳でもない。

例えばウチらしーシュは、日頃は自分らのオリジナルを中心に活動してゐるので、かういふ「営業」を頂く時は、場のニーズにあった選曲、構成で挑む訳で、おのづと「ライヴ」と「営業」では違った側面がある。
が、日頃からジャズや規制のポップス、スタンダード等を演奏して「ライヴ」を演ってゐる人たちからすれば、「営業」と「ライヴ」にそれほどの差異は生じぬ。

ワシがことさら「営業」といふ言葉を強調するのは、日頃の活動主軸から、少し外れた出し物を演る、といふ感があるからだ。
けふはさういふ「営業」だった。

しかしまぁ、昨日から打ちつづく咳のせいで、ワシはほとんど声が出ぬ状況。
ロックバンドをバックに叫ぶのであらば、喉を振り絞って歌えないでもないが、けふのは現場が違うし、しーシュもさういふユニットではない。心苦しいが歌のほとんどをしーなさんにお願いして、こなすことになった。

しかしワシらの場合、かういふ場でこそふたりがガーっと歌いあってナンボ、みたいな所でもあるので、けふはホンマに自分が情けない。デュオの強みとは云へ、しーなさんが相方で本当に良かった。これがソロでの営業だったらば、もぅ次からの仕事はない。ホンマにありがとう。

日々、あまり良い目が出てない、といふかんぢが続いてゐる。
こないだから続く、どこか不穏な夢もその流れから来るものだらう、と思ふ。

んで、けふは夢は見なんだ。
てゆーか、夢を見るほど眠れておらんのだ。

6月28日(水)------------------------

ゆんべは過去最大にひどい咳で、ほぼ一睡もできず。
しかし隣の部屋で寝てゐる女房も寝れてはおらぬハズで、なんとも申し訳ない。

喉は完全に潰れてしまひ、この咳を引こずって旅に出るにもゆかず、仕方なく呼吸器専門の医者にゆく。
メインで歌わねばならぬ本番まであと4日。
4日で声が元どおりになるとは到底思へぬが、まぁさうなればさうなったで、演らぬ訳にはゆかん。

友よ、幸運を祈っておってくれ。

そんな訳で、また 旅に出る。1519017121_28.jpg



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痛みは後になって自覚する

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6月17日(土)---------------------

梅雨入り宣言したハズだが、毎日よぅ晴れ渡ってゐる。
日差しは鋭く厳しいが、それでも6月なのでカラリとしており、過ごしやすくはある。
一年じゅう、こんな気候の場所って何処なんだらうかねぇ?

けふはレッスンが一コマあるのみの土曜日。
しーなさんもこの時期恒例の国外逃亡で不在。のでソロのリハをスタヂヲでみっちし演る。

6月18日(日)沖美サンセットビーチ/神辺ハイダウェイ---------------

江田島は沖美ビーチにて、なんぢゃらのイベントがあり、そこのステージに前田トアユニットのベース弾き、として出る事に。朝早くから島嶼部行きフェリー乗り場へ。

来るたびに色々な思ひ出を想起せしめる宇品港。ここを舞台に、といふかここでインスパイアされて書いた曲は、一個や二個ではないんよねぇ、ワシ・・・。けふも、やはり、なにか、イイ。

さて合流するなり衣装と楽器(ティン・ホイッスル)を一切合切忘れて来た、といふトアちゃん(笑)。意外なオッチョコチョイぶりにナゴむが、本人は真剣に取りに戻ろうとする。しかし今 引き返せば本番に間に合わぬことは必至。ギターの川本さんとふたりで、足りぬ部分はワシらでカヴァーするので、と説得し、諦めてもらった。

会場に着いてみると、そのあまりの炎天下ぶりに驚く。
よりによってギンギラ照りの晴天の下、浜辺に組まれたステージには、雨除けの庇っぽいものすら付いておらぬ。
こらぁ衣装もへったくれもないな、とワシも短パンのまま演る。

さうかうしてゐるうちに本番の時間となり、なんとなく演奏が始まる。
トアちゃんはデヴーした直後に何度か手伝っており、その後、SEiRENの歌姫として、広島随一の民族系歌手として名を馳せるやうになり、けふはホンマに久しぶりの本番舞台。
ティン・ホイッスルとヴェルヴェッティなヴォイスがトアちゃんの持ち味だが、けふはそのホイッスル無し(笑)。しかし、何でもかんでも演ってしまえ!みたいに焚き付けて、日頃はあまり即興的な演目に慣れてないトアちゃんを、上手く混ぜっ返した、といふかんぢのライヴだった。

忘れ物もあり、けふのが唯一の本番、といふのではなんかもったいない気もするので、機会があらばまたご一緒させていただきたいものだが、SEiRENにはナベちゃんといふ正規のベーシストがゐるのでねぇ・・。淡く期待していやうか。
思ひのほか楽しく演れた、しかしまぁ激烈に暑いステージであった。

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*写真は画像加工なしです

さて、ワシは一足先に船に乗り、宇品港へ帰還。そっから家には帰らずに、神辺はハイダウェイに向けて出発。さう。けふのワシは遠方二箇所のダブルヘッダーなのだ。
「ぐっち」を駆って約3時間(高速道路未使用)。なかなか気持ちよく初夏の安芸路を駆け抜け、夕ぐれのハイダウェイに着。4月にしーシュで出た月例企画 AKAGI's nightに、けふはソロで出演。

まぁ此処んところちょいと色々あって、ソロの現場を増やして少しは飛翔しやう、といふ思惑があってのこと。
神辺ハイダウェイに初めて来てから、を数えると、もぅ20年以上くらいにはなると思ふ。此処数年はしーシュや富安秀行さんとやで、割と頻繁に来るやうにはなったが、それでもソロのステージを演るのはけふが初めてとなる。

アカギさんトクさん(マスター)に、『ワシはこんなかんぢです』と報告す、みたいな、ライヴとなった。
前々から「なんか一緒に演らうよ」と云ってくれてゐたトクさんとも、念願叶って数曲コラボでき、楽しかった。

帰りをどーするか決めておらず、どーしやうかな、と思ひながらなんとなく終演し、帰る機会を伺ってゐたら「店に泊まって行け」といふ話になり、それならば、と打ち上げにも参加。
「店」と云っても、けふの塒は、ハイダウェイに隣接する、すでにだいぶ長い間 物置のやうになってゐる古いスナックの「廃墟」。窓もなく電気もなく(ちーさいスタンドのみ)、しかも結構な広さが空間を暗闇に押しやり、それほどビビリではないワシだが、ここに独り、てのぁ流石にちょいとコワかったな。
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6月19日(月)-----------------

寂しく怖い廃墟の一夜が明ける。
しかし、一晩過ごしてみると「夜暖かく昼涼しい」といふ理想の塒であったことが判明。考へてみりゃ、窓も何にもないスタヂヲに一人で泊ったりした事は何度もある訳で、「怖い」と思ふのは、その場所に対して「異分子」になるから怖いのであって・・・・。

次回はもぅ少しは心安らかに眠れるかも・・・。

さて、トクさんに置き手紙をしたため、出発。
けふはオフ。明日は宇部市はBig Hipに行って歌う事になってゐる。
んで、宇部の「弟分」小田よぅねんが「シュウさん、もしよかったら前入りして飲みに行きませんか?」と云ってくれたので、その誘いを受ける事にし、神辺から広島をスルーして宇部市へ向かふ。勿論、高速道路非使用。

夕方にはよぅねんのウチに着き、宇部の仲間たちが集って宴会が始まる。
しーなさんの生まれ故郷、といふ事で来るやうになったこの街で、しーなさんを欠いたこの面子で、楽しく飲みふけってゐる、といふ事を、深く考へる。
19398571_828977993931552_1132432609_n.jpg人生は不思議なものよ。

6月20日(火)宇部市Big Hip 華麗衆ナイト----------------

その本番の日。
よぅねん率いるthe 華麗衆主催の月例企画「華麗衆ナイト」への、毎年6月の連続参加4年目。

この、よぅねんとの繋がりも不思議っちゃ不思議なもんで、まづ最初にワシらがしーシュでこの宇部はBig Hipに来た時、便所に貼ってあるフライヤに彼らの写真があった。当時はよぅねんのベースと、おぅにし君のデュオで、おぅにし君はなぜかジェムベを叩いてゐた(本職はギター)。

その写真を見て、『へ〜宇部にも変わったのが居るな』と思ってゐた。
それからしばらくして、2回目にBig Hipのステージに立った時、なんか客席でやたら盛り上がってゐる連中が居たのが、そのよぅねん達だったのだ。打ち上げで挨拶してもらひ、おぉキミがあの変わったデュオの・・・て話になり、『実はボクら月イチで華麗衆ナイトと云ふイベントを』と聞き、おぉ今度ぜひ出させてよ、みたいな流れとなり、ホンマに訪ねて行ったところ、えらいこと意気に感じてくれ、以降「兄弟」の契りを交わすに至った・・・みたいな・・。

以来、来るたんびにホンマに世話になってゐて、彼らの漢気に応えるためには・・みたいなワシと宇部の関係。
華麗衆ナイトに集まるお客さんに『さすがよぅねんの敬愛するアニキだ』と思ってもらへるやうな事をせねばならん!。

ので、毎度結構ハードルは高い。
けふも頑張った。
本来は地元のアマチュア・ミュージシャンのイベントなので、チャーヂはないのだが、ワシが出るときに限って「投げ銭」を導入してくれており、けふもいっぱい投げ銭が集まった。ありがとう。せめてもの還元に、とけふの出演者全員にワシから一杯づつオゴる、といふ、柄にもない事をやってしまった。

こんなワシを慕ってくれる彼らの気概に、これからもできる限り応えて行ける男でありたい、と思ふ。

6月21日(水)----------------

よぅねんの処には3歳になる双子の息子らがゐる。
二日も世話になってゐて、一度も交流がないのでは流石にアレなので、けふは早くから起きて子供らと一緒にTVを見たり、アンパンマンごっこをしたりして、心の交流を図る。

幼稚園に行くのを見届けてから(帰って来て『あのおじさんは?』とか訊かれるんだらうな、と思ふとやや胸が痛むが・・・)、ワシも帰り支度を。

今回も本当に世話になったな、よぅねん。

ひたすら東に向かって走る「ぐっち」。宇部〜広島間は、順調に走って約3時間半。途中、ちょいと脇道に入って海辺で休んだり、景色の良い公園で寝っ転がったりしながら、広島へ。
帰った足でレッスンを4コマ。夜遅くなってよぅやく帰宅す。

遠くまで旅した訳ではないが、女房と会うのは4日ぶりだ(笑)。ホンマに旅暮らしの日々、である。

6月22日(木)-------------------

先週から風邪をひいてゐて、旅の間はなんとなく収束したやうに思ってゐたが、家に帰って日常が回り始めると、あまり好転もしてない様子。まぁこの壱週間、づっと昼は暑くて夜は肌寒い、といふ毎日だし、それでなくともこの時期 割と自律神経がおかしくなる傾向にあり、なんだかネ、みたいな・・・。

それと、なんかベースが異常に下手になってゐる気がして、久しぶりに基礎の基礎を練習したりした。
スケール・シフトの展開形なんぞ忘れてゐるのもあって、「下手になってゐる」のは気のせいでもないらしひ。イカンイカン。

昔の生徒が連絡して来て『黒人がシュウさんのカヴァーを演ってる』といふ情報。
ほォ、と思ひそやつの云ふVを見てみたら、ヤマナカーニャだった(笑)。スキンヘッドでベース弾いてると全部黒人に見えるのか?!と激しくツッこむ。
しかしまぁ改めて見ると、たしかに日本人離れした風貌ではあるな・・・。

6月23日(金)-----------------------

喉が腫れ上がり、酷いイビキをかいてゐたやうだ。女房もワシも寝不足。
たまらぬので再び医者に行くと、『こないだのとは別な風邪に罹ってゐる』と云はれる。やれやれやれやれ。

来週から始まる「じぶこん へそ祭り」の概要が発表となった。
出演者全員で合宿、のやうな形で4日間ともに過ごすやうである。
バンドメンバーそれぞれのソロステージの時間も設けられており、当然ワシもソロを演る。全国から名だたる名プレーヤーが集結するやうだ。良きコネクションが掴めたら良い、と思ふが・・・。

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闇もまた我を見返す

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6月10日(土)居酒屋椎修:出張 高宮ろぐはうす------------------------

居酒屋椎修:出張編、として、毎年呼んでいただいてゐる安芸高田市 高宮のログハウスに、今年も。

迎えてくれる方もこれを「ライフワーク」のやうに思ひ、楽しみにしてくれてゐる。居酒屋椎修が終わってそろそろ1年が経とうとしてゐるが、今もかうして「料理&音楽」といふ我らのスタンスが生きてゐる。
あの5年間でやらうとしてゐた事の意味は大きい、のだね。

料理にも、音楽にも、チカラを抜かず!。

けふは昨日から仕込んでゐた「スパイシー・チキン」を揚げ、あさりと大葉での「シュウ麺」を作るのがワシの担当。
しーなさんは「スジ煮込み」「アボカドサラダ」「がんす」などなど。
強力なチームワークを誇る地元スタッフのおかげで、こちらは調理に専念すれば良いので、楽と云へば楽。ほんまに何処かの食堂か何かのやうに、厨房がフルスピードで回転してゐる様は爽快だった。

して、ライヴ。
料理を楽しみに来た人と、音楽を聴きに来た人、その両方の人、が混在する中での、しーシュの1時間。
それぞれのソロ・コーナーや、地元歌手のゲストコーナーも加えた、良いステージだった。
そこそこに盛り上がり、楽しんでもらへたやうだが、しーシュ的には「なにかいまいち噛み合ってない」感が否定できなんだ。ツアーが少ないせいなのか、ここん所、時折それを感じるステージを演ってしまふ事がある。

お客さんは気づかない程度のものかも知れんが、こないだ友人に云はれたやうに、『さういふのって意外に見てる方も感じるのだ』と云ふのも覚えておかねば・・。

スタッフの打ち上げ用に、と残しておいた食材が、打ち上げでだいたい無くなる、といふ理想的な品数で、イベントとしては大成功だったやうだ。主催者、出演者、双方にしっかりした売り上げがあり、お互いに得するイベント。素晴らしい。
イベントとはかくあらねば。

良い「出張」だった。
だがしかし、やや体調が不良気味にあるやうで、夜中、咳が止まらず、苦しむ。ライヴ中も、何か喉が詰まったやうで、苦しかったのだ。すこし風邪をひきかけてゐるのかもしれん。

6月11日(日)名もなきバンド:昭和歌謡&ポップス・ショウ----------------------

少しく寝不足。
宿の退出時間ギリギリまで寝て、体力の温存を図る。けふもいっぱい歌わねばならんので。

安芸高宮から帰ったワシは、着替えるのもソコソコに、先週から動きのあるこのイベント「歌謡&ポップス・ショウ」のため、live JUKEへ。はっきりせぬ天候なので、バスと歩きで行くしかないのがウザい。晴れてりゃチャリでピュ、なのだが・・。

喉を痛めてゐた歌のシドーちゃんが完全復帰し、無事けふの本番を迎えれるやうだ。一方のワシが、昨日までの連チャンで、やや喉が不調気味。けふは心して頑張らねば、といふ気持ちで。

リハは復帰後初ステージとなるシドーちゃんのと、各メンバーそれぞれがソロで歌うレパートリィの復習に費やされ、ワシは曲の半分、サウンドチェック込みで演ったのみ。大丈夫。行けるハズ。

1stステージはシドーちゃんコーナー。
J-popを中心としたステージ。前回のこのコーナーでは、ワシはステージから外れてゐたが、今回は「ギタリスト」として、全曲サポート。これがエレキではなく、ガットギター(まぁいちをうエレアコ)、てのがなかなか笑えると思ふのだが、オーヴァードライヴ、ワウ、ピッチシフター、ブースター、ディレイ、色々使ってちゃんとギタリストのニッチを勤めた。ある意味、たいへんワシらしいニッチだった。
ここではドラムのサトシと、ベースのジュンゾーさんがそれぞれ歌を披露。

2ndはワシのコーナー。
こちらはもう「ザ・昭和歌謡」そのもので、けふは特に「熱唱系」を集めたラインナップ。森進一、布施明、尾崎紀世彦、あの辺を、もぅやめぃ、と云はれるまで(云はれんかったが)歌い上げた。懸念した喉も大丈夫だった。むしろ調子よく出すぎて、後でシドーちゃんに突っ込まれてしまった。
気持ちが落ち着いてゐたせいか、MCも冴え、何度か爆笑も誘った。上手いステージができた、と思ふ。
こちらでは女性楽器陣 サックスのアッコと、鍵盤のそのえサンが歌った。

ハイレベルな職人集団のわりに、演奏の荒れたライヴだったが、それはそれで「バンドっぽい」とも云へ、悪くなかったのではないか?。ヴォーカリスト以外が歌う、といふ挑戦も、好評を持って受け入れられたやうだし、なにより全体がとても上手くまとまりつつ、しかも適度にハジケてゐてよかった。

終わってみれば、たいへん良いイベントを完遂できたやうだ。
みなさん、お疲れ様でした。

6月12日(月)--------------------

ネオ・オリエンタル・ポップユニットSEiRENの妖艶な歌姫 前田トアちゃんから珍しくご指名があり、急遽この週末のイベントを手伝うことになった。

このトアちゃん、古くから知ってゐて、デヴーの頃は頻繁に手伝ってゐたのだが、彼女の嗜好にはアクースティックが合うやうで、ここ数年はナベちゃんこと渡辺祐平がウッドベースで専属になってゐた模様。
なんぞえらい急な話でアレだが、とりあへずリハの時間はけふ取れたのでスタヂヲに。

今回の仕事は、トアちゃんと、ギターのShrek Holstein(日本人)とのトリオらしく、まぁさういふ極端で急ぎの現場の為にワシが呼ばれたのかな、と・・。

トアちゃんのご所望でいちをう「縦べぇ」も持ってゐったが、日頃4〜5人で演ってるSEiRENの音楽をトリオで演るのに、ワシごときの縦べの腕では太刀打ちできるハズもないし、逆に横ベースならばトアちゃんとのデュオでも、遜色なくイケるぞ、ってなもんで、必然的に全編 電気ベースで演ることに・・。
当然、ベースの役割以外・・・叩いたりコスったり・・も担当することになる。

本番まであと5日しかない、てのがなんともアレだが、まぁ仕方ない。頑張るしかない。良い仕事をしませう。

6月13日(火)-------------------

なにか体調が悪く、精神的にもやや「オチて」ゐる。
不眠気味なのが、どーにも・・・。
ふるい日記を紐解いても、6月に不眠症ぽくなったことが数度あるやうだ。フーむ、さういふ時期だ、と思ふにしても、歳だけは食って来てゐるのだから、どーにも身体がもどかしいわぃ。

精神的な不調の原因は、まぁ数え上げればきりがないし、全て自分に端を発してゐる事なので、たれに云ふ事もできぬ。そしてその「戦う相手のいない」といふ状況が、ますます不調を深化させてゆくのだ。

厄介な自分である。

6月14日(水)-------------------

ゆんべ、ぱんぱかトリオのリハ前から、ものすごい悪寒があり、「こは来たな」と思ってゐたが、やはり「来た」。
この時期に割とよくある、謎の発熱である。

考へてみれば不眠→精神的落ち込み→体調不良→発熱、といふ、かうして挙げてみれば、なるほどいつものコースか、とも思ふのだが、ど〜〜〜にかならんものかね。

とりあへず医者にゆき『毎年この時期に来ますね』と云はれながら、薬をもらって来る。
医師曰く『病気といふよりも、ナニカのアレルギーなのではないか」とのこと。ナニカ・・・?、ナニカ、ねぇ・・。

熱があるが、寝てても落ち込むだけなので、せめて無理して街に出て、せねばならぬことをいくつかこなす。
金ばかりが出て行く。

参加する予定のいろんなイベント(割と多い。おかしぃ。ヒマなはずなのに)を、音源やら譜面やらチェックしとかねばならんのだが、どーにも集中できず。

6月15日(木)----------------

あまり服用したくはないのだが、ゆんべは睡眠薬を使用し、久しぶりにぐっつり眠った。

資料を探してゐて、本棚の奥からジェイ・マキナニーの「ブライト・ライツ・ビッグ・シティ」が出て来た。
ほぉ、と思ふ。

これが出たのは1984年。ロス五輪があったりした年だが、ワシはそれより後に読んでゐる。おそらくは社会人になったばかりの頃・・・88年とかその辺だったらう。
当時の自分・・・・近々のバンドでのメヂャーデヴーを信じながらも、それらしいアクションを起こすでもなく、入ったばかりの会社や、当時の社会に馴染めず、プライドばかり高く、さう・・・「ここではない何処か」ばかり探してゐた自分と、たいへんシンクロする物語であり、この本を読んでゐる自分(たしかすごい流行ってゐた)に、また酔ってゐる、といふどーしやうもない頃だった。

今 読んだらどんなかんぢかな?と思ひ、枕元に置いてはみたが、けふのところはやはり発掘品である、ポール・ディ・フィリポの「系統発生」が含まれてゐるSFマガジン1992年2月号、を読んだ。

6月16日(金)ぱんぱかトリオ:フライデー・アコースティックナイト --------------------

公約通り(?)、今年に入ってコンスタントに月イチでライヴを演り続けてゐるぱんぱかトリオ。の6月の巻。
ワシの故郷、廿日市市のオサレなプール・バァ&レストラン「NICO」

こたびめでたくメヂャーデヴーを果たした同郷の若手イケメンシンガー香川裕光くんの企画におぢゃまするもの。ただおぢゃまするんでは悪いので、ウチらなりに何か目玉を!と云ふことで、何故かワシがカレーを作って供することに・・・。

日頃おいしぃ料理を出してる店で、何故素人のワシが?!、といふ話だが、マスターから「是非に」と云はれ、まぁそれでは・・・と、せっかくなので日頃作ったことのない「アフリカ式のカレー」を作ることにした。

アフリカ式、とは、トマトとココナツ・ミルクをベースとした鶏肉とオクラのカレー(らしい)。本場ではオクラを形失われるまで煮込むんださうなが、まぁそこまでは・・とオクラは形を残す程度に。たぁ云へ、半分以上の過程を昨日仕込んでおり、けふは火を通すのみ、なんだがネ。

さういふ作業をシコシコやってるワシを、傍からマスターがしきりに感心して見てゐる(笑)。いゃいゃ、素人ですので・・・。

しーなさんにも手伝ってもらひ、まぁなかなか美味いのができた。日頃よく作るインド式よりスパイスの使用が控えめなので、女性や子供にも安心して供せる味。けふのお客さんは香川くんファンの女性客がほとんどなので、そはよかったかな。
たいへん好評で、お代わりをする人も数人。中には「今まで食べたカレーで一番おいしぃ」と云ってくれる人までゐて、嗚呼よかった、と。

んで、ライヴの方だが、ワシからすると十分すぎるほど爽やかで明るいカワちゃんの歌も、香川くんのそれに比ぶればまだ「泥臭い」と云へるかんぢで(笑)、後発、といふ事もあり、けふは割とさういふ風に「ハジけた」。もっと泥臭く演っても良かったんではないか?と思ふが、まぁ、ね。

よぅ盛り上がった、良いイベントとなった。

カワちゃんも香川くんも、ワシの持ってない「限りない大衆性」といふものがある。
そはやはり音楽的に、といふより、彼らの人柄をみてゐると、なるほどな、と思ふ事が多く、やはり人間性に(良い悪いではなく)負う部分がほとんどなのだらうねぇ、と。そして、ワシにはどぅ足掻いても持てないもだと思ふ。

そのことに、このころ心底「ハァ〜」と思ふ事があるが、まぁ今更どーしやうもない、とも思ふ。
なろうと思ってなったマイノリティではないのだ。

人気のない荒野をさすらうからこそ出会えるもの、を信じて往く。SBSH3212.jpg

雨音を聞く夜の猫たちにつひて

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6月3日(土)-------------------------

芸北カフェ「正直村」20周年を祝うライヴ・パーティーにしーシュで出席すべく、「ぐっち」で芸北に向かふ。
集いし面子はもちろんチームyujinの人々。

マフラを修理したので、さすがに静かに力強く走るぐっち。これからも老体に鞭打ち、我らをいろんな場所へ運んでほしい。

正直村に着くとすでにステージの設営は進んでおり、いくらもせぬうちにライヴが始まる。
けふはもぅホンマに「お祭り」「パーティー」なので、シノゴノ云はずに出たきゃ出る、みたいな・・。
しーなさんがオペラを歌ったり、ワシも楽器持たずにシャンソニエ歌ったり、みんなまとめて「スペイン」演ったりす。
頼まれればバックで演奏し、合間に飲み、食ひ、散歩したり・・・。

けふは広島市内もやや肌寒い朝であったが、芸北まで来るとそはさらに顕著。天気は良いのだが、空気はキリと引き締まり、15時を過ぎる頃には上着を着てゐても寒い、といふかんぢだった。上述の「スペイン」なんぞ、手がかじかんで、あのユニゾンの部分が弾けなんだりもした。

ので、日が落ちる前には正直村のテラスに移動。
ストーヴの炎燃える中で、またライヴが始まり、供されるご馳走をツツきながら、また歌い、演り・・・。
といふのが夜が更けるまで続き、さらに今度は宿舎に移動して、いつまでもセッションが続く。
「ここはバァか?」と云ふくらいの数あった贈呈の酒を、結局ほとんど全部飲んだのかな?。

ワシは自分で憶えてる限りでもづ〜〜〜〜っと歌ってゐたが、あとで人に聞いてもづ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと歌ってゐたさうな(笑)。
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6月4日(日)------------------------

山小屋の朝。
ワシら以外は日頃みんなカタギなので、遅くまで飲んでも朝はキチっと起きて、全員で清々しく朝メシ。

この頃、三原〜福山の「タンポポ団」、や、この「正直村」コネクションの方々、さういふ、ただ楽しむ為だけに音楽を愛し、興ずる良き市井の人々と関われてゐるしーシュである。

考へてみれば、関目の「我らの家」、名古屋の「りとるびれっじ」、豊橋や豊川、焼津などの我らのライヴも、そのやうな良き市井の方々とのコネクションで成り立ってゐる。それを広島でも持てるやうになったのは、しーシュとしてとてもありがたいし、嬉しい事だ。

大切にしたい、人々とのつながりである。

6月5日(月)-----------------------

先週の、に引き続く「趣味のアルバイト」へ。
こないだは2t車いっぱいの絨毯を「下ろす」仕事だったが、けふはそれをまた「積む」仕事。

先週は寝不足&腰痛が色濃い中での労働で、やや心配しながら、だったが、思ったよりそのダメージはなく、けふはそれに調子に乗らぬやうにせねば・・・といふかんぢで。

いつもの「力持ちで気の利くアルバイター」として目一杯働く。だいぶ顔見知りになった現場の人々は、皆一様にワシを「お兄さん」と呼ぶが、ホンマは52歳だと知ったら驚くだらうか(笑)。

6月6日(火)--------------------

しーシュのリハを昼イチから。

ふたつほど新曲ができてゐるのだが、なかなか初演に至る決断が下せずにゐる。
この夏のツアーには、「一新」とまでは行かぬにせよ、まー新曲を含んだラインナップで演れたら良いな、とは思ふ。

その後レッスンへ。

その後、ぱんぱかトリオで集結し、リハかと思ってゐたらけふは「旅のしゃべラヂ」の収録だった。
ぱんぱかトリオも順調に月イチのライヴを敢行してゐる。継続してゐる、と実感できる活動があるのは良い事だ。
それがなければ音楽家とは云へない。

6月7日(水)---------------------

久しぶりに、わりと性根の入った雨。
ラヂヲが「けふ梅雨入りした」と発表してゐる。さういふ季節がきた訳だ。

雨の中、向原へ出張レッスン。道端に車に撥ねられたかどーなのか、けっこうデカい「鹿」の遺体が転がってゐた。
撥ねられたとしたら、撥ねた方の車もけっこうなダメージを負ったのではないか?と思ふが、いづれにせよ哀れなり。
犬猫の轢死体は過去に何度か埋葬させてもらったが、さすがに成獣の鹿の遺体はワシの手に余る。壱日も早く土に還れる事を祈ってゐる。

市内を真逆に進み、五日市でもレッスン。なんか移動の多い日々である。

6月8日(木)--------------------

歌謡&ポップスショウの朝リハ。18813648_1366144483505039_6017967011518955561_n.jpg


歌のシドーちゃんこと紫藤博子の声が八割がた復調し、よぅやく歌のリハになる。
まぁ来週頭には本番だし、ここで出しておかんとね、みたいな話し。

このバンド、WADAバンドとして始動して、こたび和田さんが家庭の事情で欠場、シドーちゃんを含めた「ショウバンド」として今に至ってゐるのだが、なんか名前つけますか?といふ話にもなる。したら、和田さん復帰の暁には「和田ノブエ&〇〇」とすれば良いのだし・・・、なんかないかネ?、と。

しかしまー、何度も書いてゐるやうに、ワシ以外のメンバーは他のプロジェクトでチームを組む事多数回。いまさら名前もネー、といふかんぢで、たれも真剣に捉えてないのも確か(笑)。

その後、一旦帰らずにスタヂヲ入りし、自分のリハとレッスン。
なんや忙しいなぁ。6月はあんまり仕事がない、と思ってゐたのに、なんでこんなに動き回ってゐるのだらう・・。

6月9日(金)----------------------

オリエンタルホテル・ニューヨークカフェで演ってきた、孤独な営業「吟」。
・・・・まぁ、ギター弾き語りソロによる、ホテルのラウンヂ演奏、てだけの話なのだが、これが店側の体制変換により、けふで最後となる。

しーなさんのバック演奏・・いわゆる「椎名まさ子と執事フライデー」としてこの現場に入り、ひょんな事から別口でソロの歌うたいとしても受けることになり、それから5年が経った。
かういふ場所で、いかに耳受けして、なをかつ邪魔にならぬものを歌う、といふ、今まであまり演ったことのない仕事だった。正直、「心踊る仕事」では決してなかった。毎回、現場に入る前は緊張したし、気負いもあった。

常連Hさんご夫妻に出会い、親しくさせて頂くやうにもなった。
古い友人がフイに訪ねて来てくれたりもした。
ひとりで「定期的な現場を持つ」といふ貴重な経験をさせて頂いた。

その最終回。

これがまたどーした事か、けふに限ってえらいこと閑古鳥の鳴くニューヨーク・カフェ。
普通、客入りの悪い、といふ時でも、2〜3組の流れのお客さんが入れ替わるものだし、此処んところはづっとガヤの多い雑多な客入りだったのだが、けふは最初から最後までHさんご夫妻と、逓信病院の進藤センセイのみ。

いかにもワシのラストステージらしいわ。

そんなわけで、自分のライヴのやうに、思ひつくままにラインナップを入れ替え、思ひのままに歌う。
いつもは30分で8曲演るところを、間奏を省いたりして可能なかぎり一曲を短くし、9曲演る。これを3ステージ。
トータルで27曲歌い上げ、5年間の孤独な営業を〆た。

今後、一人でギター弾き語る「吟」を、どのやうに活動に組み込むか、まだ決めてない。
広島でやってもお客さん集まらんので、一度このスタイルで旅もしてみたい、と思ってゐるが、どーかねぇ・・・?。

とりあへず
思へば結構長い5年。
この現場を勤めきった自分に、お疲れさま。
プロフィール

梶山シュウ

Author:梶山シュウ
旅するのらくら電気ベース弾き語りスト。
おもに、えせニック歌謡デュオ「しーなとシュウ」で活躍。
500年生きてゐる、といふ噂もある。

音楽と映画と本、少しの酒とツマミ、たっぷりの空き時間 をこよなく愛する中年男。

http://www.kajiyamashu.com

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