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そしてふたたび時は

12月23日(土/祝)しーなとシュウとHoneys@芸北オークガーデン-----

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今年最後の芸北行。
お世話になった芸北コネクションと・・・Honeysと往く今年のシメのお礼参りである。

冬の芸北。さらにここ数日の急激な冷え込みで、雪対策喧しいここん処だったが、幸いに、と云ふかなんと云ふか、けふは気温もぬるみ、車道をゆく限りではノーマルタイヤでもどぅにかなりさうなかんぢ。
逆に云ふと、もぅ少し雪ユキしてくれてもよかったのに・・と云ふ贅沢な(笑)。

それでもやはりさすがに芸北。山を一つ越えるごとに雪深さが増してゆく様は、ホンマに北国なのだな、と云ふ感慨。
Honeysと合流してオークガーデンに乗り込み、まづは昼飯を喰ひながらのミーティング。リストランテのお客さんが引けるのを待って、ステージのセッティングやらを始める。

椎間板ヘルニアの悪化で、此処数ヶ月ベッドから起きることも困難だったハズのパーカスのてっちゃんが、なんと来てゐる!。普通に座った状態で叩けるカホンを開発した、とかで、なんとも・・・とは思ふが、このイベント好きライヴ好きの男が、けふのこの場に来れない、となれば「悔し死に」くらいはするかもしれんな・・と(笑)。
ここは素直に「よぅ来た!てっちゃん!」と褒めてやらう。

ふたバンド入り乱れてのナゴむリハーサルも進み、お客さんも集まり始め、日も暮れた頃ライヴがスタート。
外は氷点下まで下がる気温も、大きな薪ストーヴの炎に温められる室内は暖かく、選曲もしっかり吟味し、お客さんみんなが楽しんでくれるライヴとなった。

今回、特筆すべきはHoneysの進化。
彼らのライヴを見るやうになってまだ壱年そこそこなのだが、その間にもえらいこと上手くなっており、しーなさんと二人「なんかすごいねこのヒトら・・」と感心しきり。
それを云ふと、口を揃えて「しーシュのおかげ」と云ってくれるHoneys。斯様に良き縁をこの年になって得られたとは、ホンマに人生捨てたもんではない、と思ふのである。

途中、電源トラブルがあり、PAの音全部が「落ちて」しまふアクシデントがあったが、即座に生楽器対応。全員で前に出てアンプラグドで聴かせきる、といふ滅多に見れない思ひ出深いライヴとなったのであった。

前二回の此処ライヴの打ち上げは、楽器持ち出して飲めや歌えやの大騒ぎだったが、けふは静かに酒を飲みながら鍋をつつき、語り合う、といふまた違ったかんぢに。素晴らしい壱夜。
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12月24日(日)--------

クリスマスイヴの下界へ戻る。

昔、教会に属してクリスチャンをやってゐた頃、イヴの夜と云へば「キャロリング」であった。
こは何か?と云ふと、まづ「聖夜礼拝」といふのがある。まぁイエス・キリストの誕生日である12月24日を、きっちりと礼拝す。そしてその後、各々キャンドルを手に街へ繰り出し、辻々で賛美歌を歌って歩くのだ。
「聴け!」といふかんぢではなく、ただ厳かにひたすら歌い歩くのだ。そして道ゆく人に「メリークリスマス!」と祝いの言葉をかける。

雪の降る寒いイヴなんぞはなかなか大変だったが、あの厳かなかんぢは好きだった。

町田の友人ミュージシャンてらしましんごは、地元で似たやうなことをやってゐると云ふ。
宗教や思想は関係なく、ただ『街に生のクリスマス・ソングがあれば素敵』といふ、純粋に音楽的、文化的好奇心から、友人らともぅ3年続けてイヴの夜のストリートで、クリスマスソングを歌ってゐるさうだ。

素敵な活動だと思ふ。
そは、業者が仕組んだクリスマス・イベントに乗っかって、木っ端アベックの消費のために奏でるクリスマスソングの、数百倍も。

12月25日(月)---------

今年最後のレッスン。
なんや少し腰を痛めたやうで、チャリに乗るのがツラい。ので、歩いて行くことにす。

さういや何年か前、やはりヒドい腰痛を押してクリスマスのイベントに出演し、打ち上げが終わる頃には、ただ座ってることすらシンドくなった。どーやっても痛いのだが、タクシーに乗ってぐわぐわ揺られるとさらにヒドい事になりさうな気がしたので、ゆっくり歩いて帰る事にした。
休み休み、そろりそろりと歩く(壱時間ちょっと)真夜中の道すがら、オープンカーに乗ってサンタの格好した若者らが「メリィクリスマース!」と叫びながら、脇を通り過ぎてった光景は、映画のやうに憶えてゐる。

その道すがら、自分を励ますためにづっと、その日共演した歌手が歌った「ケ・サラ」を歌ってゐた。

ケ・サラ ケ・サラ ケ・サラ 俺たちの人生は 階段を手探りで歩くようなもの〜〜

12月26日(火)しーシュプリゼンツ畳屋 PICO忘年会@水木畳店--------

しーシュ恒例の年末行事。
年によって「クリスマス」にするか「忘年会」にするか、まぁ25日より前か後か、だけの話なんだが、今年は26日なのでギリギリ「忘年会」。食事付きライヴといふ事では、ワシら2007年にはもぅこれを始めており、2007年と云へばしーシュを結成してまだ2年目。そげな早い時期からワシらは「音食同源」を謳ってゐたのだな、と。

畳屋PICOを舞台に、といふ事では、去年のこれ以来壱年ぶり、といふ事になる。

今年のワシらは、ワシが「鶏団子鍋」、しーなさんが「サンドヰッチ」。この二つをメインに、お客さんから「おにぎり」「煮込み」「ローストチキン」「ケーキ」などの差し入れ、と豪華絢爛な品揃え。お酒の持ち込みもふんだんにあり、またお客さん同士もすっかり顔なじみとなり、和気藹々と和やかに進む食事タイム。

可笑しかったのは、寒い日だった事もあり、すでに料理がだいぶ出揃ってゐるのに、みなさんちょりん、と座ったまま鍋の出来上がりを待っておられた光景。やっぱ冬は鍋だよね!。

ライヴの方は割と珍しくたらたら喋りながら進めた。
年末のイベント続きで、しーなさんとのステージは回数こなしてゐるが、しーシュのオリジナル、といふ点においては圧倒的にリハが不足してゐた我らであり、けふは割とそれを実感してしまった。よろしくないですね。

芸北でステージ復活したパーカスてっちゃん、けふも「簡易カホン」を持って来てくれてゐて、これで数曲参加してくれた。てっちゃん、新年にかけて割と人生レベルで色々と変化があるらしく、一回くらいツアー同行する?みたいな話も出る。
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よき忘年会ライヴで、地元の締めを飾れたことは嬉しい。お客さんに感謝。
そして、「自宅」の「仕事場」でもある「畳屋」を、ライヴに解放してくれる水木畳店当主ツンちゃんに大感謝。
よき人たちに囲まれて ライヴと旅が続けられるワシらは、幸せものたちである。

12月27日(水)---------

地元での仕事は全て終了。
あとは明日から大晦日にかけての旅を残すのみ。

昨日の機材やらを片付けにPICOに行き、細々した備品を買いに行き、ご近所の商店やらに挨拶に行き、年末らしくオフの1日を過ごす。

疲れに対して眠りが足りてないやうで、映画を見てるとウツラウツラ。特にここ数回観た(観やうとした)映画が立て続けに「静かな」映画であったため、二つとも途中で寝てしまひ、全然スジがわからん。仕方ない。旅から帰って見直しだ。

12月28日(木)椎名まさ子solo @大阪 関目我らの家---------

今年最後の遠征に。

いつもは29、30で神戸、京都を巡るサーキットなのだが、今年はその前に、お馴染みの関目でしーなさんのソロが決まり、ワシはそれに同行する形で・・・。
店主ゴンスケさんからは「シュウはホール係ね」と云はれてゐる。が、まぁ しーなさんからは2〜3曲での参加を頼まれてゐるので、いちをうライヴをするテイではある。

大阪入りし、ライヴの準備を進めるしーなさんとは別に、開店準備に追われるスタッフとして働くもをかし。けふも予約はいっぱい入ってるやうで、早いうちからお客さんが詰めかけ、調理やチェックに追われる店主ゴンスケと女将ミヨさんをサポートすべく、オーダーに給仕に、華麗にホールを舞うワシ!(笑)。

実際、あとで「ものすご助かったわ〜」と云はれるほどの働きっぷりだった。居酒屋椎修閉店後2年。久しぶりに「酒場で働く」楽しみを味わえたかんぢ。向いてない訳でもないやうだな。

しーなさんも見事なステージでお客さんを引き込む。
彼女のソロは何度も見てゐるが、けふのは特に良かったな。日頃しーシュでは絶対に演らないナンバー、といふ所にこだわったかどーかは定かではないが、本格的なカンツォーネやシャンソン、色香漂うスタンダードに会場のおぢさま達は、一様にKOされてゐた。
うむ。見事なライヴだったよ。

ワシはなぜかイタリア語で壱曲唄う(笑)。んで、ギターで2曲ほど参加。あとはづっとホンマにホール係として働き、なかなか楽しい夜であった。

12月29日(金)しーなとシュウ年末行脚@神戸 西宮RJ&BMES-------

数えてみたら今年で6回めの参加となった、神戸西宮「街の唄2017」。
阪神淡路大震災後 瓦礫の街の中、「そのばしのぎ」といふ仮店舗から始まった、といふこの企画も22回目。
全国からあつまる旅の歌うたい達の祭典、でもある。

今年は割と「コア・メンバー」といふかんぢの面々が集まり、よそでは大抵「ヴェテラン」の部類に入るワシらが最年少、といふ、まぁそんなかんぢの参加者。
例年通り、他の出演者が「トークと唄4曲で25分」てところを、ウチは「MCなしで5曲」を完遂。こないだパーカスのてっちゃんから『ま〜ぁサクサク演りますよねしーシュは』と云はれたが、けふも見事に。

けふはループの使用をやめてみたのも功を奏したかな?。なかなかぢっくり聞き入るお客さんに、よぅアッピールできたやうである。イベント、として見た場合、ちょいと時間配分がルーズ過ぎ、ワシら自身 帰りの電車の時間に間に合うために、フィナーレ終了後駅まで走らねばならん、みたいな事になった。

今のところ、ワシらが神戸でコンスタントに出演してゐる店はここRJだけなので、繋がってゐたいコネクションではあるのだが、イベント全体が長くなり過ぎる傾向に歯止めがかけられない、のは、ちょいと問題があるやうにも思ふ。

ぬ〜〜〜、である。

12月30日(土)しーなとシュウ年末行脚@京都モダンタイムス--------

さて、しーシュ2017年、歌い納め、である。
西宮と続く二日間のサーキット最終日。ここも恒例の京都モダンタイムス「街の唄2017」である。

今年も関目から「MiyoGon」が参加。ワシら、28日の夜から我らの家で寝泊まりさせてもらってゐて、今回6人編成の大所帯となったMiyoGonと一緒に京都へ移動。楽しい旅になるハズだったのだが、昨日一昨日の酒が過ぎてるのもあって、なんと久しぶりに「電車に酔う」といふ事態となってしまった。

皆に心配をかけてしまった。申し訳ない。

さてイベントの方だが、こちらは主催のオイワさんの采配、といふか仕切りによって、出演者が昨日より多いにも関わらず、たいへんサクサク進む。サクサク進むが、他の出演者は皆「トークと唄4曲で20分」を遵守する。
昨日より持ち時間は5分少ないのだが、「MCなしで5曲20分」を敢行。みな4曲しか演らぬので悩みもしたが、本来ウチは20分あれば6曲は出来るので・・・・。勇気を持って5曲演った。そのぶんキアイが乗ったのか「えらい鬼気迫るやうな演奏だったね」と云はれてしまった(笑)。
まぁ「巻きのシーシュ」としては・・・・。
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個人的には、若いメンバーで再構成されたMiyoGonにカホンで参加したり、フィナーレの演奏でベース弾いたり、と例年になく多めに参加。お客さんも満員で、よぅ盛り上がってゐた。

終演後は、これまた恒例中村コーイチ&あらいなおこ夫妻宅に、出演者大挙して押し寄せ、鍋を囲んでの忘年会。誰彼なしに語り合い、飲みあって、3時まで。いや〜〜〜〜、今年もたくさん演りました。

12月31日(日)----------

大晦日に京都にゐる。
ここから壱日かけて広島へ帰るのも、もはや恒例。

色んなことが少しづつ、しかし決定的に変わり続けるここ数年。我らもまた変わって行かねば、といふ思ひはある。
活動のペースを減らす気はない。
だが、無理に長い旅を組む、といふやり方は、しばらく控えてみるべきか、とも思ふ。
なにより、オリジナルが増えるペースが確実に落ちてゐる、といふのが気になる。良い曲を書きたい。

しーシュ、来年も走る。
そのために、ワシも変わらねばならない。

夕方、広島に着。
なんかそんな気になり、ひとつ手前の駅で降りてぶらぶら歩いて帰る。もぅほぼ全部の商店はクローズしており、ガランとした町中に、神社や寺院の灯りが年越しの準備を感じさせる。年末感。良いね。

梶山シュウ、今年のライヴ数は137本。
去年より12本少ない現場を数えて、今年も終わる。


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イズムのない人生こそが

12月16日(土)かじやまつり2017@ふらんす座------
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東京から、倍音男 東家孝太郎青山雅明によるホーメィデュオカムヒビKINGと、大阪からアニキ泉直也(ベース)を招いての「かじやまつり2017」を開催。

そもそもオモロい奴らを個別に集めてワシが中心になってまぜっ返す、といふ趣旨で、月イチくらいで開催しやうとしてゐた「かじやまつり」。3回目くらいで早々に企画倒れしてしまひ、今回が久しぶりの開催となった。

カムヒビの二人とは、2011年に東京は西荻で共演して以来。
それから今回の話が来るまで、音信すら不通になってゐたのは、孝太郎が「浪曲師」としての修行に入ったからだ。こたび晴れて「ホーメィのできる浪曲師」として独立し、カムヒビの活動も再開。ホンマに久しぶりの共演となる。

泉さんは今年の夏の大阪ソロツアーでお世話になって以来。あの時のライヴは、なんかの配信なんぢゃらで世界に放送されてゐたらしひが、ワシはその後の顛末を知らんまま(笑)。

このふた組に、ワシはソロで。
あえてループの使用をやめ、ギターとベースの純粋弾き語り・・・リチャード・シンクレアみたいなかんぢに挑戦。
あぁ、なんか今後かういふ場でのソロはこんなかんぢで演っても良いな、と思った。

泉さんはここ数回のソロでの定番「組曲:音の国の鬼」を全曲演奏。柔らかなフレットレス・サウンドが会場を包む。

カムヒビは、その6年前に共演した時より「歌」の部分が充実しており、ますます冴え渡るふたりのホーメィに会場は目が点状態(笑)。後半はワシも参加して、無理やりベースを絡ませる。

双方から『この時期に広島で』と申し出があり、受けたは良いがワシ自身も地元の企画が重なり、なをかつ12月のこの時期、各地のイベントや忘年会とバッティング。インフォメーションに対してだいぶ早い時期から『行けない』といふ話が来ており、正直 一時期はイベントを中止にしやうか悩んだほどだった。

だが 開けてみると、ワシ個人の活動を地道に応援してくれてゐる人は、ほとんど来てくれた、といふかんぢとなり、またみんな耳慣れぬけふの音に満足してくれてゐた模様。とりあへずは「企画倒れ」とまで行かなんだのは・・・。

だがまぁ、この街で「ソロで」演る、といふ意味と難しさ、などを考へずにはおれぬ企画となったことは確か。

12月17日(日)link 忘年会ライヴ@呉市BABEL-------

昨日に引き続き。カムヒビと共演で呉市に。
呉市の仕掛け人といへばリュウくん。店主であったナイトクラブRAZZを閉店させて早や2年。久しぶりの企画人として戻って来た。

今回はリュウくん人脈の「忘年会」と銘打っており、会場提供や音響、スタッフなども呉人脈総動員、といふかんぢ。相変わらずの動員力といふか、彼が「何かやるよ」と云った時の、周囲を巻き込む力、といふものは、相変わらず健在。けふも会場のRABELには、早いうちから老若男女が多数集まった。

けふはこれまた久しぶり、シタールの佐久間泰三くんも出演しており、相方、タブラの唯くんと、見事な古典インド音楽を聴かせてくれた。泰三くんは、だいぶ前のかじやまつりに出てもらったことがあり、付き合いは長くなった。見るたびにシタール奏者としての貫禄が増して来るかんぢは素晴らしいね。

けふはお客さんが多いだけに会場のガヤも大きい。半分は「忘年会」のつもりで来ておる、との事なので、ワシはガツンとベースソロ弾き語りで。まぁまぁフツーの出来だったが、こんなもんかな?。

けふのカムヒビには2曲ほどで参加。この二人ほどではないが「えせホーミー」でも加担する(笑)。よぅウケて嬉しい。
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久しぶりに、一回り以上若い世代のヤツらとイベントを共にし、これはこれでやはり大切に持ってゐたいパイプだな、とも思ふ。自分がここにスゴく馴染んでゐる、とは決して云へぬが、やはりここでも「シュウさん」と呼ばれ、親しまれてゐる事は素直に受け止め、感謝したい。

今年のソロのシメとして、なかなか良い二日間であった。RIMG3050.jpg


12月18日(月)-------

今年最後の出張レッスンで向原へ。

ここで教えてゐる二人の女性は、それぞれ歌手として活動してゐる。それを聴くお客さんや関係者から、「上手くなった! 」 といふ評価が共々上がってゐるやうで、まぁインストラクターとしては鼻が高いわな。
さういふ生き方もある、といふことで、来年も出張レッスンを続けさせてもらふ事になった。

帰りの道でHoneysのフクちゃん(本業:自動車整備士)の工場に寄り、この週末の芸北遠征 雪道対策の相談に乗ってもらふ。
車に乗り始めて はや四半世紀になるが、これまで一度も冬対策などした事はなく、チェーンを張ったことはおろか、スタッドレスを履いた事もなく、また乗ってゐるのが軽のバン、といふ事もあり、雪が降ったら車には乗らぬ、といふ事で対処して来た。

しかし、しーシュで冬の芸北に呼ばれたからには、さういふ訳にも行くまい。
といふ事で、チェーン装着の講習や、スタッドレス対応など、応じてくれたフクちゃんに感謝!。

12月19日(火)--------

これも今年最後のアラブ音楽のリハ。

Otis の佐伯さんからスピード・キャラバンといふバンドを紹介してもらひ、チェックしてみると、これが仲々オモロい。ウードと電気ベース、といふ、なるほど今の我々の編成と同じだ。ベースがかなりの変態で、これは久しぶりにオモロいものを知った、といふかんぢ。佐伯さんに感謝。

そして楽器店レッスンも、けふが今年最後。
来年アタマに長い旅に出るので、新年のレッスンの算算が難しい。此処のレッスンはワシの名前でやってる他の教室と違い、曜日や日程の変更が難しく、いつも苦労する。
結局、来年1月のレッスンは、かなりの数でイレギュラーな稼動をする事になる。まぁ仕方ないか。

12月20日(水)しーシュ営業-------

けふは久しぶりに頂いた、しーシュでの「営業」。
警備会社組合の忘年会、といふ事で、昭和歌謡やスタンダード、ちょいとオリジナルなどを、小壱時間ほど演奏。

いちをう隅っこにひっそりと置いてゐたCDを、某社長が全部お買い上げ。社員や関係者各位へのクリスマス・プレゼントとして配布するさうだ。ひゃあ〜〜〜・・なんと太っ腹な・・・。
さらに来年の新年会での演奏も依頼され、喜ぶ我ら。ありがとうございます!。

芸術的な活動、では決してないが、かういふ活動がなければ、我らは「生業」として音楽を続ける事は出来ない。
「自分が演りたい事」ではなく、「求められる事」を提供できる技術とキャパは、胸を張って自慢したい。その上に支持されるオリジナルが、我らには、ある。それを14年、続けて来てゐる。

きれいごとはワシらには通用しない。

12月21日(木)-----------

最近、シャンソンをわりと聴いてゐる、といふのは前に書いたかな・・?。

「我が麗しき恋物語」といふ曲があって、まぁ歌としては定型の、男女が出会って恋に落ちて結ばれるがややダレてどちらかの死によって終わり・・・といふ、もとはバルバラの歌ださうな。元歌にどの程度準じた歌詞かはわからぬが、日本語による詩もなかなか良い。

我が麗しき恋物語 by クミコ

男が不治の病に侵された事を聞き、呆然とする女。『居なくなるの?あなた』と問ふ箇所がグッとくる。

さう。死す、といふは居なくなる事なのだ。
長年 会わずにゐる友や知り合い、も、目の前にいない存在には違いないが、何処かで生きてゐる、といふ希望と、死んで居なくなる、といふ絶望は、決定的に違う。

この歌には「死」といふ言葉は出てこない。だが、濃密に「死のにほひ」を感ずる歌である。
その死の果てに、わずかに見える希望
「微笑みが少し混じってゐるなら それでいいと云ふわ」

最近これを、家事などしながら口ずさんでゐるやうで、我ながら重い歌を鼻歌にするものよ、と思ふ。

12月22日(金)-----------

今年は、カウントダウンも元日のライヴも、依頼がない。

去年(今年)はお寺でのカウントダウン・ライヴのメンバーに選ばれ、演奏しながら年を越し、たはむれに鐘をついて2017年を迎えた。久しぶりにさういふ年越しは悪くなかった。会の進行などにヴェテランらしいソツのなさを見せたので、今年も話が来るか?と思ってゐたのだが、来なんだな・・・。

誘いがないのに自分から街へ繰り出すほどの熱意は、もぅない。以前は「さういふ事もせねば」と、半ば強迫観念的に出かけてゐたが、もぅそんなトシでもない。
若い頃は、大晦日〜元日にかけてヒマな友人らと合流して、とにかく寝るのが惜しいかのやうに乱痴気騒ぎに興じてゐたものだが、そげなパワーはもぅない。

騒がなくても良いのだが、気の合う友人ら数名と、コタツに入って熱燗なんぞを呑りながら、過ぎし此の方や音楽のことを、ぼそぼそと語り合ひながら年を越す、といふ事が出来たら良いな、とは思ふ。
あぁたいへん良いな。

さういふ大晦日が迎えられるやうに、こっから先の日々を生きて行かんとす。

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全てにおいて恙無く

12月9日(土)-----

たいへん久しぶりにしーシュのリハ時間が取れたので、リハもだが、細かい業務もいろいろこなす日とせんとす。
しーシュ「寄り合い」といふ企画。

まづは2時間、びっちし音出し。今年できた新曲や、年末にかけて演る可能性の高い曲などを、綿密にリハ。
ちなみにしーシュ、今年は3曲しかできませんでした。

その後は軽く食事をしながら、年始のツアーやイベントのプランニング。切符や宿の手配、遠征先のブレーンへの業務連絡など、まぁ酒飲みながらやってるので、ハタから見ればどーだかわからぬが、たいへん真面目な「企業会議」であった。
BGMにはづっと、こないだ買ったアヴィシャイ・コーエンの「1970」を流してゐて、時折、その内容に触れながら・・・。

12月10日(日)------

これまた久しぶりに日曜日のオフ。

女房と買い物に行って、日常のあれこれを買い、オフクロの見舞いに行き、姉貴を訪ね、残り時間で映画見たりせんとすが、さういふ時間は取れずに、まぁ結局 村上春樹風にいふ「気がつけばソファの上で途方に暮れていた典型的な日曜日的な日曜日」であった。
まるでTVピープルがやって来さうな・・・・。

12月11日(月)------

ゆんべぐらいから急激に冷え込んで来ており、雪が懸念されるが、出張ヴォイトレで向原へ。
去年はたしか壱回、雪にてレッスンキャンセル、なんて事があったな。

向原と広島市内では2〜3度の気温差があり、日頃から交通量の少ないこんな土地に、雪でも降りゃあそらまぁ立ち往生だらうよ。この日はレッスン終えて帰る頃、ぼっくらぼっくら雪が降り始めておったが、翌日にはすっかり雪景色になった、といふ便りが届いた。

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しはすはすすむ。

12月12日(火)-----

広島市内でも雪。
夜の間に降った雪が積もってやがる。初雪だ。しかも空はまだ曇ってゐて、今後も冷え込みさうなかんぢ。

枕草子「春はあけぼの」の「冬」の項、が昔から好きである。

『冬はつとめて 雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし』


火など急ぎおこして炭持て渡る、といふ光景を思ひ浮かべるとき、雪の積もった中庭を巡る廊下を、しずしずと進む単衣の女性の姿、を思ふ。やれやれ、といふかんぢで・・。たいへん詩情あふるる光景だと思はぬか?。

レッスンに行くも、スタヂヲが寒い。
寒い事が、首や腰にダイレクトにダメージを与えるやうになった昨今、昔懐かしの「ハクキンカイロ」なんぞ使ってみるのも良いのではないか?といふ思ひもある。

12月13日(水)-------

(おそらく)今年最後の「趣味のアルバイト」に。

ここ数回のこの仕事で、ここの現場がたいへん寒い事を学習し、いろいろ着込んで従事する術を覚えたが、けふはそれでも寒かった。常に動いてゐる仕事ならまだ良いのだが、さうでもない時もあり、けふはその時間も長かったので、ますます寒さが骨身に沁みる。

でまぁ、いちをう今年最後だし、来年あるかどーかも分からぬ仕事なので・・・と、いつもは15時には上がるところを、定時の17時まで勤めてみた。キツかったが、よぅ働いたワシ、と気分は良い。また話があれば従事させてもらいたいな。

ただまぁ、ほんまに芯から身体が冷えてしまっており、帰宅して養命酒を飲んでも湯を飲んでも暖まらぬ。かういふ時にサウナでも行ければ良いのだが、家でその代替となりしはコレだ、と半身浴。気持ち良い。

養命酒は今年の夏終わりくらいから飲んでゐるが、これもやはり効いてゐるやうで、だいたぃ大変冷え性のワシだが、今年はあまりそれを感じぬ。何事も続けねば、ね。

♪つづけること〜は もはや才能〜なのですぅ〜♪

12月14日(木)-------

久しぶりのWADAバンドのリハ。
おそらく今年最後のリハであらう。今年は結局このメンバーでのライヴはなかったな。歌の和田さんを除いての特別企画はあったが・・・。来年は1回くらい演れたら良いな、とは思ふ。

けふは珍しくその後レッスンが立て込み、昼過ぎからスタヂヲに常駐。オモロいことに、ここ数ヶ月で急速に「弾き語りのコツをつかみたい」といふレッスンの希望者が現れ、対応してゐる。
まぁまさにこれこそ、ワシにしか出来ぬレッスン、とも思へ、これまでベースや歌でやってきたやうな、レッスンのセオリーを確立できるやうにしたいもんだ。

けふはその後、ぱんぱかトリオの忘年会。
今年一年、月イチでライヴを頑張り、ツアーも敢行したトリオの『納会』である。
ツアーやライヴの反省、来年の大ホールコンサートへの取り組み、宣伝媒体としてのトリオの樹立、など、酒飲みながら、とは云へけっこう真面目に有意義に話が進む。
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寒い日だったので、熱燗ばかり飲んでゐた。

12月15日(金)------

毎年恒例でお呼び頂いてゐる、広島逓信病院のクリスマス・コンサート。今年で4年連続となる。

一般の方も入れるが、基本的には入院患者さん達へ向けての「クリスマス・プレゼント」として企画されてゐるこの会。
よほどの事がない限り「去年も見た」といふ方はおられぬだらうが、そこは正義のしーシュ。患者さんの年齢層、傾向などをリサーチしつつ、毎年新しいラインナップを構成してゐる。

今年はオリジナルの比率を大幅に減らし、クリスマスソングや昭和歌謡 多めで。
当然ながら毎回患者さん達の傾向も違い、今年はこれまでになくしっかりと音楽にのめり込む方々が多かった。
ハイライトはデュオアレンジの「川の流れのように/美空ひばり」。さすがに反応が良く、お年寄りからも盛んな拍手が。

整形外科部長、進藤先生のフリュートをフィーチャーしたコーナーにも拍手喝采。
我々が毎年ここでクリスマスコンサートを演らせて頂けるのも、進藤先生の助力に負うところが大きい。さういへばしーシュでこれを演るやうになるまでは、医師団の忘年会やクリスマス会に「ギター持ってきて歌ってよ」と、ソロで歌わせてもらってゐた。先生に感謝。
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患者さん達の事をよく考へて下さってゐる、と、評判も上々。
けふのコンサートが、年末を病院で過ごさねばならぬ患者さん達の、せめてものほっこりになれたのなら、幸いなり。

さァ。今月も半分切った。この勢いで年末を駆け抜けやう。しはすはすすむ。

いつのまにか錆びついてゐた弦で(ツアー後2週間をまとめて)



12月1日(金)---------

12月になってしまった。

けふは、かつてカラーズといふバンドで共に活動に勤しんだ、下関出身盲目の天才ギタリスト田川ヒロアキのライヴを観に、岡山まで遠出す。

メヂャーデヴー後の田川くんの活躍は あちこちで目に耳にしてきたが、このところ縁が深くなった岡山の名ベーシスト「みじぃ」こと水本和秀氏から、両者が岡山で共演する、との話を聞き、そらぁ観に行かねば、と思ひたった次第。

色々鑑みた結果、車で行って車に泊まって帰ることが一番安上がり♡、と、あまり深く考へずに車で出発す。

こ れ が

順調に行くかに見えた旅路だが、夕刻を過ぎた頃から絶望的な渋滞が始まり(元々、岡山〜広島、って思った以上に遠いのである)、日が落ちて暗くなってもまだ着かぬ!。
途中で蕎麦でも食って・・・などとのんきに構えてゐたが、結局喰ふどころか間に合わず、空腹のままOAの途中で会場の岡山クレージーママ2になんとか到着。

ライヴはみじぃ氏のベース漫談、やはり友人のTaka氏擁するtaka&taka、に続き、田川くんバンド。みじぃ氏はここでもサポートを務め、現地調達とは思へぬ見事なベーシスト(歌も!)っぷりを見せつけてくれた。

田川くんのギターは、相変わらずの冴えを見せ、しかもさすがにメヂャーに在籍してゐるだけあり、一緒に演ってゐたころに時折あった「単純なミス」みたいなものが完全になくなっており、もぅ押しも押されもせぬハードロック・ギタリストそのもの、であった。

あとで話したところによると、田川くんとワシが出会ったのはまだ90年代で、ワシは30代になったばかりで彼も20代。
最後に一緒にツアーしたのも2006年の事なのださう。今回の邂逅はそれ以来、となる。ワシが訪ねたことを本当に喜んでくれ、可愛い嫁さんも紹介してくれた。

不思議に思ふ。
彼は全盲ゆえにワシの「姿形」を観た事はない。その彼が10年以上前のことを憶えてゐる、といふ、その記憶の概念は恐らくワシらが思ふものとはまったく違うものであるだらう。彼の記憶にワシといふ人間が、どのやうな形で残ってゐるか、それを喜んでくれることが、ワシにも喜ばしい。
田川くん、これからも頑張ってくれよ。
Bm9myPhH.jpg 写真は田川くんではなくtaka氏

ところで、空腹のままライヴを観て、ナニか食へると思って参加した打ち上げはお菓子が中心、帰りの道でなにか温かいものでも、と思ふも割と開いてる店がなく、夜中の一時くらいに「まぁ仕方ないか」と思ひ、適当な駐車スペース(トイレ付き)でビバークを敢行。
したらこれがぐんぐん冷えて来よって空腹も手伝い、寝袋に入ってゐても冷気が身体のコアまで冷やしよる!。
やはりこの季節のビバークは冬用の寝袋でないとダメか?。
せめて温い飲み物でも・・と思ふが自販機には茶くらいしかなく、しょんべんが近くなるばかりで効果なし。
4時近くなってよぅやくワシは寝るのを諦め、広島を目指して出発。以後、休憩を入れることもせぬまま走り続け、朝の6時過ぎて我が家に着。

風呂に入って睡眠薬飲んで、女房に「昼まで寝る」と書き置きをしたため、寝る。

12月2日(土)---------

たいへん急に決まったオリエンタルホテル孤独な営業「吟」。

こちらのスケヂュールはかなり早めに提出したが、その後の連絡がないことから今月はてっきり入らぬもの、と思ってゐた。したら木曜の夜に入ったことを聞かされ、こんな急では宣伝もなにもあったものではない。

ほとんど準備もできずに本番に向かったが、まぁ、なんとか。
この会場って、本当に声の出し方が難しくて、「マイクに乗って抑えた声」を出す、と云ふ、割とワシにとって最上級に難しい技術が要る。だからいつもけっこう時間かけて準備してゐた。本番前には必ずスタヂヲに入って声を作ってゐたし、レパートリィもさういふのを見越した曲順や選曲を鑑みて来た。

けふは声の出来が悪く、づっと河島英五のやうなシワガレ声だったが、『良い声〜』と云ってる若い娘の客も居り、
「たれぞ知りうるや歌い手の悲しき声」といふ句を詠みたくなった。

12月3日(日)しーシュ&ザンネンズin トコナツ屋--------

けふは京都から、友人バンドザンネンズを迎えてのしーシュライヴ。

彼らはオイワカモリといふトリオのフリュートなおっちこともりべなおえと、ベースのわかぽんこと若狭敏克のデュオで、もとは「もりべとわかさ」と名乗ってゐた。
ワシが勝手に「不条理音楽」と命名したそれは、たいそうシュールで面白く、前に京都で対バンした時はウチが彼らの後に演り、過去最高に演りにくかった、といふのがあるので、けふはウチが先陣を切る。

それは正解で、ウチで程よくほぐれたお客さんが、ザンネンズの音楽を「最初目が点→失笑→爆笑→引き込まれ→虜」といふ流れで受け止めて行く様がたいへん楽しかった。うーム、相変わらずこの二人には勝てる気がしない(笑)。

けふのイベントのために、休日のところ特別に開けてくださったトコナツ屋に深く感謝。
お客さんは多くはなかったけど、しーシュとザンネンズの対比も含め、皆けふのライヴをしっかり楽しんでくれた様子。
さう。それが大事なんだな・・。
なによりも、「音楽を」楽しんでもらふこと。

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なおっち、わかぽん、お疲れ様。広島に来てくれてありがとう。

12月4日(月)--------

毎度ライヴの翌日に入れる確率が高く、毎度そのことをたいへん深く後悔する「趣味のアルバイト」。
さう。けふはそのバイトの日。

けふは このバイトの仕事場がとても寒いことを、初めて知った。

12月5日(火)-------

こないだに引き続き、otis !の佐伯さんとアラブ音楽のリハ。
しっかりアナライズして行ったつもりだが、まだこなれが足りませんね。んーむ、10拍子かぁ・・。

アラブ音楽、のやり方、としては間違ってるんだらうけど、やはり西洋音楽で音楽を学んだ身にすれば、西洋音楽的解釈で曲を捉えるのが、いちばん手っ取り早い。これも勉強なり。

来年早々、ライヴに出てみん?と佐伯さんに云はれ『こんなテキトーなベースで良いんですか?』と応える(笑)。

12月6日(水)ぱんぱかトリオin KOBA--------

今年一年、ツアーやらの他に、月イチでライヴを展開して来たぱんぱかトリオ。2017年最後のライヴはKOBAで。

前回の同会場でのライヴは、たまたまフランスからの観光客の団体にあたり、さしづめ「異国のバルで演奏する東洋人トリオ」の様相を呈してゐたが、けふはまるで別の店のやうに日本人のお客さんのみ。まぁカワちゃんのファンが駆けつけた、といふかんぢ。

異国情緒無視の中で、訳のわからんノリなりにけっこうな盛り上がりとなった前回のライヴと比べたら、お客の反応は微妙なかんぢだった。 そろそろ「盛り上がり」以外の聴かせどころを考へる時期なのか、とも思ふ。
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けふのワシは会場の狭さを考慮して「ヘッドセット(踊る歌手どもが愛用する、頭部に装着して使うマイク。スタンドが要らぬメリットあり)」を使った。まるでドリカムになったやうだったが、2時間 装着し続けてゐると孫悟空の輪っかのやうにアタマが締め付けられて痛い。

でも、何処を向いてても歌えるので、いろいろ楽ではある。
しーなさんには「似合わん」と云はれるのだが・・・。

12月7日(木)---------

またもライヴ翌日のバイト。
こないだ寒かったのを学習し、けふはヒートテックやらフリースやら着込んで従事す。

このバイト、夕方前には終わるので、帰りの足でスーパーやら本屋やら資材屋やらに寄れるのが良い。いちをうは「働いた」といふ概念があるので、日中さういふところをウロついても良心の呵責を感じずとも済むのも良い。

だが二回続けてのライヴ→バイト、はさすがに老体には堪えるやうで、晩飯にワインを飲んだら「舟を漕ぐ」どころではないくらいあっと云ふ間に撃沈(女房談)したやうだ。

12月8日(金)--------

年末に向けていろいろ。
フルアコとガット 両方のギターの弦、アヴィシャイ・コーエンの新譜「1970」、2018年度のシステム手帳、などを買う。久しぶりのまとまった散財。

ガットの方が内部でナニカが起きてゐるらしく、弾くとビリビリ音がする。
弦を外して内部に手を突っ込んでみると、ブリッヂの内側からコントロール・パネルへ向かう配線を留めるナニかが外れてブラ下がってゐる。ははぁ、原因はこれだな。
こんなところがこんな壊れ方をするなんざ、以前のオヴェーションでは考へられぬこと。やはり某国製の廉価版ではこの程度の作りか・・・。

フルアコの方は、弦を買ってはみたが替えるべきかどーか悩むところ。

アヴィシャイ・コーエンの新譜は、なんと全編「歌モノ」。
これまでにも歌をフィーチャーしたアルバムは出してはゐたが、ここまで真っ向から歌モノに挑戦するとは・・。

これがまたジャック・ブルースのピヤノアルバムや、エリオット・シャープのブルースアルバムのやうに、ファン以外のたれがこれを評価するのか?といふ、微妙な作品。

いや、悪いわけではないよ。ワシは好き。
もともとこの人は、インストのジャズを演ってる時より歌モノの方が良いプレイをしてゐたし、時折唄う その声が、出身地のイスラエルらしい枯れた情緒を漂わせてゐて、ワシは好きだった。

だがまぁ、気鋭のジャズ・ベーシストとしてのアヴィシャイ・ファンの中には、これ聴いてガッカリする者もゐるだらうよ、とも思ふ。
冷静に評価するなら、イスラエルの本職の歌手が歌ったアルバムの方が、出来が良いのは当たり前の話。アヴィシャイ本人が歌ってアルバムにする意味、てのはおそらくアヴィシャイ本人にしかわかるまい。

同じことは、あのジェフ・ベックとの共演で名を馳せたキュートな女性ベーシスト、タル・ウィルケンフェルドにも云へる。彼女が立て続けに歌モノを発表(アルバムにはなってないが)した時、意外に野太いその歌声も含め、評価がだいぶ分かれたやうに思ふ。
聴き手、といふのは、ときに身勝手な思ひを、歌い手演り手に求むるものだ。

ワシは歌が好きなので、インストで名を馳せた名手が歌モノにシフトする事には寛容である。
さしあたって、パーシー・ジョーンズが自分の歌をフィーチャーしたアルバムなんぞ出してくれぬものかね、と思ふぞ。
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