何を目指しどこへ向かふのか?

1月27日(土)歌声一座・昭和唄の夜:萩市藍場川の家--------

九州から西日本をツアー中の富安秀行さんと、山口は萩で合流し「歌声一座」となるイベント、に参加のため萩を目指して出発。こたびツアーとならず、けふこの一つのためだけの遠征。まぁ「出張」だな。

山陰へ向かふ道々の雪事情が危ぶまれたが、スタッドレスで対応。
こないだの北陸遭難未遂事件(?)で、ベンちゃんの鮮やかな運転技術を見てゐるので、あのやうに対処すれば良いのだな、と。
げに ナメてはいかん雪の道である。

無事、萩市はけふの会場「藍場川の家」に着。オーナー室田佳子さんに再会。この室田さん、萩市随一、と云っても過言でない「美魔女」であるが、ここ藍場川の家に関係する女性陣------スタッフや関係者も、皆揃ってたいへんな美人揃いなのである(写真参照)。
まぁ、だからなんだ?といふ話でもあるが・・・。
萩ハーレム

ややあって富安さんも到着。
去年、好評だって今回もまた、といふ事になったけふの企画。ワシの優れた記録能力を参考に、今年の演目などを決めてゆく。去年はツアーの中ほどでのこれ、だったのでお互いの呼吸やノリもこなれてゐたが、けふはさにあらず。特にしばらくソロで流して来てゐる富安さんと、がっつりデュオで突き進むワシらとでは、色んなノリがだいぶ違ってゐる。
そこを上手く合わせながら・・・のリハ。

して、本番。

立ち上がって踊る人まで出た去年に比ぶれば、けふはやはりそこまでのグルーヴは作れなんだやうにも思ふ。だが、なつかしぃナンバーで構成したライヴはよぅ盛り上がり、好評いただく事ができて良し。
けふのワシは着物でキめ、ループ使いもなく、リズムとハーモニィを支えるバンマス的ニッチに立ち続けた。それもまた楽しい。

打ち上げでは、寒かったからか なんや飲み過ぎてしまったやうで、気がつくと「あれ?」みたいなかんぢになってゐた。
だがまぁホンマに寒くて、酔ってンのかなんなのか分からん。

1月28日(日)-------

ホンマに寒い 萩の朝。
枕元に置いておいたペットボトルの水が、冷蔵庫の水のやうに冷えてゐる。う"〜〜〜〜〜、寒い。

けふ、ぢつは義父の一周忌であり、その法事が女房の実家である安芸津にて執り行われる。本会には間に合わぬがごアイサツだけでも、と広島を突き抜けて東広島は安芸津 風早を目指す。
さう云へば去年、やはりこの山口を廻る歌声一座のツアー最終日(宇部:Big Hip)に、お義父さんの訃報が入り、宇部から安芸津まで夜通し走ったのだった。
店が用意してくれてゐた打ち上げに出ずに帰るワシらに、Big HipスタッフNくんが『車の中で喰って下さい』とピザを包んでくれた、あのありがたさを思ひだす。あれから壱年かぁ・・。

思ひのほか時間がかかって、風早の女房の実家に着。
本式はもぅ終わり 会食も済んでゐたが、親族の皆さんはまだ残っておられ、喪服もナシに遅れて来たピアス付きの娘婿(ワシ)に『よぅ来てくれた』と声をかけてくれる。

壱年は短い。

1月29日(月)--------

生徒がバタバタと風邪で倒れてゐる。
よろしくないねぇ。

ワシは飲み続けてゐる養命酒のお陰か、なんとか酷い体調の崩れをせずに持ってゐる。
年始ツアーの岐阜〜富山、あたりでかなりヤバげな兆候はあったのだが、富山の漢方薬(?)で乗り切ったかんぢ。
このまま維持したいところではある。

いや、維持せんとイカン。
そのためには、風邪をひいてゐる生徒には「(レッスンに)来るな」と云ふ事も大事。頑張るべき所はそこではない、といふ事を生徒に分からせねばならん。

1月30日(火)--------

向原へ出張レッスン。

春先〜秋口にかけては、景色も良くて道路も空いてゐるこの地域を車で走るんは気持ち良い。・・・が、この季節になるとホンマに寒々とした景観になり、見る者の心をも凍らせるかのやうだ。

にしても、今年はホンマに 寒い日々が長い。
例年だと2〜3日寒い日があっても合間合間にやや温む日があるもんだが、今年の寒さはそれがない。それに、「最低気温」と「最高気温」の差があまりない、といふのも特徴的。その日の「最低気温」てのは、まぁだいたい寝てる時間にあるもんだし、そげに気にしてもしゃあないのだが、日中の「最高気温」が+2℃、とか云はれてもねぇ・・と云ふ気がす。

けふも生徒が数名、風邪で欠席。うー、ヤバいヤバい。

1月31日(水)--------

一月が終わらうとしてゐる。

「去ぬる」といふ一月だが、ワシは毎年わりと「長いな」と感ずる。今回も、もぅ二月か、と云ふより、まだ1月か、と思ふ。だが、こはワシが日々怠惰な生活を送ってゐるからに他ならぬだらう。

去年の今頃、「島根物産展」に出展してゐた友人の出店を訪ねて、まぁ昼間っから酒を飲んだだけ、なのだが、なにか有意義な日を過ごした記憶がある。
ヒトは「安定」を求むる。同じやうな日々を過ごすこと、それを目指すこと、は確かに大事なことだが、実際そんな事はありえぬ。人生は一刻一秒がそれぞれ違うのだ。いつかと全く同じ日、なんてものは何処にもない。

全ての物事は、流れ、去り行くものなのだ。

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山鳩の鳴き声のシンコペーションにつひて

1月15日(月)----------

まだ、古川にゐる。
といふのも、この地に300年残る、と云はれる祭り「三寺参り」に参加するため。

三寺参り=毎年1月15日(お七夜様)の夜に、町内のみっつの寺「本光寺」「真宗寺」「円光寺」をお参りする行事。信州など遠方に出稼ぎに行った女工さんたちが帰省してゐるこの時期、めかしこんだ若い男女が連れ立って町に繰り出すことは良縁を結ぶきっかけとなり、いつしかこの静かなお祭りは「縁結びの行事」として知られるやうになった。

古川といへば、起こし太鼓、つけ太鼓を擁する勇壮な「古川祭り」が有名だが、こちらはとても静謐で幻想的。
雪で作られた巨大な蝋燭がメイン道路に据えられ、また街のいたるところに設置された飾り灯篭が、雪の小路を照らし、そこを和装の男女がしずしずと行き交うさまの美しさよ。

去年までは、あの「りぶさん」の連中がこの時期の古川に来て、まぁなんつーのか「公報部隊」のやうな働きをしてゐたらしひ。今年は及ばずながらワシらしーシュが、それを担当する、みたいな・・・。
せっかくなのでワシらもビシと和装でキめ、町の人たちとともに参加。静かな祭りを堪能した。
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かういふ文化が残る、といふは素晴らしい。
伝統だけでなく、ちゃんと若者も参加し、それぞれの持ち場から自分の町の文化を盛り上げてゐる姿勢に、心より拍手を送りたい。

ただ、やはり、寒かったネ。

1月16日(火)----------

広島へ帰る。
カツカツさんご家族には、本当にお世話になりました。
『もぅ次はしーなだけで来い』
といふ台詞も、友情の裏返しだと、勝手に解釈させていただきます(笑)。ありがとう。

高山までJR、高山から京都までバス、京都から新大阪までJR、新大阪から広島まで新幹線、といふ、まぁ壱日移動してゐる日だった。岡山から先は雨。ワシんちの最寄駅でも雨。家まで3分もかからぬが、最後の最後で濡れて帰るハメとなる。

1月17日(水)---------

ツアー車「ぐっち」を車検に。
そぉか、これも買ってまる2年。今年の夏でローンが終わる。
「車持ち」になって20数年、よぅもここまで安い古い車ばかりを乗り継ぐものよ、とも思ふ。

最初の「こまわり(スバル)」はタダ。2台目の「ぐすたふ(エブリィ)」は15万。3台目「にっち(スクラム)」が30万。今回の「ぐっち(エブリィ)」が50万、と一番高いが一番古い。
新車買ったほうが安上がりじゃね?といふ意見もありさうだが、まぁえぇやろ?。

夜はレッスン。
生徒に「明けましておめでとうざいます」と云はれ、あぁさうか、年明け最初のレッスンか、と思ふ。
かくも長き不在。

1月18日(木)----------

代車で向原へ。

この度のツアー=北陸でのワシらの受難は、こちらでも結構みなのニュゥスになってゐたやうで、行く先々で「まぁこのたびは大変な旅で・・」のやうな事を云はれる。えぇホントにね、と話も弾む。まぁ話題としてはなかなかのネタを仕入れた、といふ事にしておこう。

明らかに風邪の症状を持ったまま、レッスンに来る奴がゐて、ちょいと勘弁せぇよ、と思ふ。
もしインフルエンザなら、そは立派なテロ行為だぞ、と窘めても『大丈夫です』と云ひやがる。

昔の人にも多いのだが、インフルエンザを軽く見る傾向はどぅにかせよ。あれはかつて国を一つ滅ぼした事もある立派な「疫病」なのだ。貴様らは「スペイン風邪」も「アジア風邪」も知らぬと申すか?。あれがインフルエンザだったと知るべきだ。

夜はぱんぱかトリオのリハと、「旅のしゃべラジ」の収録。
音は良いのだが、どーにも抱えにくくて困ってゐたヴァイオリンベースの「ゔぃを子」。ストラップを短くして脇の下で抱えるやうにすると安定することが発覚。

ぱんぱかではできるだけこれ使いたいでな。

1月19日(金)---------

otisの佐伯さんと、ライヴ前最後のリハ。

よぅやくアナライズできたアラブ民謡。まぁ、安易なハーモナイズではあるが、ベースが入る意味、とすればここしかないだらう。佐伯さんにも好評。
リハの進みに気を良くして佐伯さん、『(本番で)もぅ壱曲、演らない?』と(笑)。
まぁ、えぇですよ。

その後、レッスン。旅の間の埋め合わせ、といふか、よぅ動いて忙しい日々。

1月20日(土)---------

所用ありて、姉貴とふたりで廿日市を巡る。
「ケアセンター」と「グループホーム」と「介護付き老人ホーム」と「特別養護老人ホーム」と「住宅型老人ホーム」といふ色々な呼称のそれぞれの意味を知る。

どーやらこの国は、金がないとおちおち歳も取れぬ国に成り下がってしまったらしひ。

夜は、佐伯さんと演るアラブ音楽の本番@otis。
デュオで演るもの、と思ってゐたが、佐伯さんのバンド「ウパクシマ」のper&Vo、居森やよみサンが参加してくれる事になり、よりリズムが遊べるやうになった。
チラシを見ると(チラシが出来てた!)、ワシは「スーパー・ヘルプ」といふ事になってゐる(笑)。
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出来は・・・どぅだったのだらうか?。
まぁ初回としてはまづまづだったのではなからうか?。ベース弾きとして、良い仕事ができたのかどーかは分からんが、お客さん、といふか長くウパクシマを見てゐる人から好評が頂けたので、良かった。

「また誘ってもいい?」と佐伯さん。
勿論です。色々と演らせてみてください。

1月21日(日)ぱんぱか新春ライヴ/オリエンタルホテル -----------

けふはダブルヘッダー。

まづはぱんぱかトリオで鍋付きライヴ@「おうちバーひらひら」。
お昼ライヴだ。
お客さんには、まづ鍋食ってあったまってもらひ、その後ライヴ、といふ、まぁ居酒屋椎修形式で。

野菜が鬼のやうに高い昨今、カワちゃんが身内の畑から巨大な白菜や水菜を貰って来てくれた事はラッキーであった。その白菜をふんだんに使ったちゃんこ鍋を作る。メイン具の「鶏団子」は昨日、スキを見て作っておいた。

お客さんは少なかったのだが、かなりえぇライヴが出来て満足。カワちゃん、来月のホールコンサートを見据えての選曲や演出も始めており、けふはそれが上手い形で結実した、といふかんぢ。
グっと引き締まった良いライヴだった。
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ところが、ライヴの途中ぐらいから、しーなさんの様子がおかしくなり始め、終演の頃には機能不全。
日頃どんなに体調が悪くても、あんまりかういふ事のない人なので、やや焦る。立ってゐるのもツラさうで、夜はしーシュでライヴなのだが、ひとまづ家まで送り届ける。最悪ソロで演ることも視野に入れながら、ワシはワシで待機。

夕方、『倒れても演る』との連絡が入り、『流石、それでこそ我が相方』と受けて立つ。歌の比率をワシ多めにして選曲。最悪ライヴ中に倒れても、その後一人で受け継げる準備もして、オリエンタルホテルへ。

常連Hさんご夫妻をはじめ、他にもまるで「ライヴ」のやうに聴き入ってくれる団体客もあり、ぢつに良いかんぢの仕事が出来た。おおぃに自信につながる、良い現場だったと思ふ。
しーなさん、よぅ頑張った。天晴れな相方である。

動き続ける日々。

1月22日(月)-------

ワシの云ふ事を聞いて病院に行ったしーなさんから「インフル陰性」の知らせが入った。
ひとまづ安心。旅やその後の色々な疲れが一気に出たのではないか、と思ふ。お大事にね。
ワシも用心せねばね。

またまた姉貴と、市内を巡回。
合間に雪が降り出して、みるみる積もってゆく。姉貴はスゴいスゴいと云ふが、なんせこないだの北陸を見てゐるワシには、まだまだ平和な風景にも思へる。

その後、230年ぶりくらいに、姉貴と二人で昼飯を喰った。

その後、歌仲間のシドちゃんこと紫藤博子が、ギターを習いたい、といふ事で教室に来てくれるのに対応す。なかなかスジが良ささうである。「指って、こんなに痛くなるもんスか?」と云ふので、ひどくなると裂けたり、骨が出たりする話しをしてビビらせてやった(笑)。

1月23日(火)---------

けふも姉貴と各所を巡回。
「福祉」といふものを考へる。
ワシが自他共に認める「老後」を迎えた時、ワシに生くる術はあるのだらうか?と、真剣に思ふ。

巡回が午前中で終わったので、午後は有意義に使おう。
まづは際是理屋に行って¥500のランチ(スパゲティ・アラビアータ)を喰ふ。んで、代車のシートを倒し、ここん処づっと読んでゐる森見登美彦著作「四畳半神話大系」を読了。ツイデに少し昼寝。
んで、スタヂヲに入り、ベースの練習を約壱時間。
そんで、ここん処 購入はしたもののしっかり聴き込む暇がなかったCDたちを、まとめて聴く。

そのうち生徒が来る時間になり、フツーにレッスンして、清酒を買って帰り、湯豆腐で晩酌。
よぅ動いてゐる日々だが、かえってポカは少なく内容は充実しており、上手くダンスができてゐる、といふ気がする。

1月24日(水)しーシュ薬研堀夜市-------------

去年の5月から始まり、隔月の定例企画として継続してゐる「薬研堀夜市」。
ライヴは多いがリハが決定的に足りてないしーシュ。けふは会場入りの前に集結して突貫リハ。けふはなんかそんな気になり、カヴァーを中心にライヴを進めることにす。

「キモノDAY」と銘打ち、着物でお越しのお客様には、しーシュから1ドリンクプレゼント、といふ事だったが、おりしも大寒波到来中にて、結局 和装で来られたお客はゼロ。張り切って和装をキメたワシらも、寒いことこの上なし。まぁ、けふは仕方ないやね。

しかしライヴの方は、自分ら的に近年稀に見る好演となる。
奥深いところで、静かに焔燃ゆ、といふかんぢのライヴだった。
まぁ、いつもに輪をかけて地味なライヴだった、と云はれても仕方ないとは思ふが、演ってる本人らは、なんか「掴んだ」かんぢだった。コアなファンのみが集ってくれた、といふ事もあるが、ライヴ中 誰もカメラの類を起動させることがなかった、といふのは、さういふ事だったのではないか?と思ふ。

いいライヴだった。
ライヴ中のMCで、『そろそろしーシュでもなんかデカい花火を』のやうな事を云ったが、ホンマにさう思ふ。
こんな地味なバンドを、親身に応援してくれてゐるファンの方々の為にも。

いや、マジな話し、スゴく良いバンドだと思ふのだがね、しーシュって・・・。
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1月25日(木)---------

休み。

車検が仕上がった知らせが入ったので、引き取りに行く。
古さゆえに色々ガタは来てゐるが、次の車検までは問題なく走るだらう、とお墨付きをもらへた。

ソロで貰えさうだった遠方の仕事が、二つまとめてポシャってしまひ、少し落ち込む。

1月26日(金)----------

仕事のポシャりのショックか、はたまた昼間フィジカルな事をなにもせなんだせいなのか、夜中に目が覚め、久しぶりにそっから寝れなくなった。寒いので布団から出るわけにも行かず、仕方なく本を読む。まぁこれはこれで・・・。

ポシャってしまってはいさうか、ではアレなので、久しぶりの自主企画をやはり敢行することにす。
何度も云ふが、以前の壮絶な企画倒れ以来 気後れしてしまってゐたが、もぅそげなコトも云ふておられぬ。
て、コトで2月21日(水)ふらんす座にて、久しぶりの「吟」。
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カワちゃんがインフルエンザに倒れた為、予定であったぱんぱかトリオのリハが流れる。
節目節目で、割とよく病気になるヒトである(笑)。まぁホールコンサート「ぱんぱか大作戦」の直前でなくてよかった。

けふは寝不足な上に、歩いて買い物にゆき、その後レッスンにも歩いて(1時間)行く。珍しく16時から20時半までレッスンが詰まっており、その後やはり30分かけて最寄り駅まで歩いて帰る。歩いた壱日。つかれた。

ただ生くることの難しさ

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1月1日(月)----------

静かでよく晴れてゐる。気持ちの良い元旦だ。
やはり元日は晴れてゐる方が良い。
さすがにどこの店も休んでおり、静かな町をゆっくり歩くがをかし。
すれ違う人は、まぁだいたぃ初詣帰りか、親戚巡り。
のったりとした時間が流れてゐる。

女房とともに実家に帰る。
しきたりにこだわる我が家らしく、豪勢な「おせち」が注文してある。
年老いたオフクロが食べれるものは少ない。
もぅ現代の日本で、形式張ってこのやうなものを食べる必要はないのではないか?と思ふ。

さうだ。
正月こそ「鍋」が良い。
あれならば身体も温まるし、野菜も摂取できる。
食べ物としてのバランスの良さは、おせちの比ではない。

1月2日(火)------

年末に飲み過ぎ喰ひ過ぎた、てのもあるが、昨日はほとんど酒を飲まなんだ。
別に飲まずとも良い、と思ふので、けふの女房方への帰省も、車で行くことにす。
渋滞を懸念したが、全然大丈夫で、むしろ予定よりだいぶ早く着いた。

女房の母上と妹弟。
考へてみれば、ウチも女房方も「男の家長が先に亡くなった家」である。
世間的に見て、それが割とよくあるのか、珍しいのか、まぁどっちでも良いが、いづれたれをも進む道であり、残念ながらそは、それほど遠い未来でもないのだらうな。

酒を飲まぬ正月も、悪くない。てゆーか、良い。

1月3日(水)---------

若い頃には、正月のこの三日め、と云へば夫婦で動物園か水族館に出かける日、であったが、ここ数年はそれもやめ、家にぢっとしてゐる。まぁ動物園も水族館も、無理にこの人の多い時期に行かぬでも、平日に行けば良い。

けふも基本的には家にゐた。
3日ぶりにベースを出し、基礎練を壱時間。ギターも出し、歌練を30分。
その後、フラと散歩に出かけてみる。

途中、神社があったので、冷やかしくらいの気持ちでちょいと寄ってみる。したら 行きつけの居酒屋「楽(らく)」の大将と女将がゐた。ちょうどお参りを済ませた所でバッタリ会ったやうだ。
「お参り?」
と訊かれたので やや引っ込みがつかなくなり、まぁ良い機会なのでお参りす。
「たれもが幸せになれますやうに」と祈る。心から祈る。

さらに歩くと、ウチの近所で やはり行きつけの鉄板焼き屋「ささふく」の大将にも逢う。
ん〜〜〜〜〜 考へてみれば、斯様に近所のよしみの人達と新年の挨拶を交わすなど、これまで住んだ町では 一度もなかったやうに思ふ。良い町に住んでゐる、とも云へるが、ワシの中で「人付き合い」といふものが変わった、のかも・・といふ気持ちも強い。

1月4日(木)--------

仕事はじめ。
けふの所はまだレッスンが少々のみ。
だが、昨日に引き続き、ベースの基礎練はしっかりこなし、けふは最近凝ってゐるアラブ音楽のアナライズに時間を割く。

チャリでレッスンに行く。
まだ街は正月気分が抜けず、なんとなく浮つき、なんとなく静かに落ち着いてゐる。

なんだかんだ云っても、レッスンをする、といふのはワシの人生における重要な「仕事」ーーーそぅおいそれと誰にでもできる事ではない仕事ーーーな訳で、まぁそれをしっかりと基軸を作るためにも、音楽教室のフライヤを新しいものにすべく、PCをいぢる。

ちゃんとした音楽家を育ててゐる、といふ業績から行けば、ワシは既にいくつかの教育機関からスカウトの声がかかってもおかしくない立場にある、とは思ふ。だが、そのやうな誘いはない。そは、ワシが「組織」に属してないからだ。

それに、「若者に教える」といふ事に幻滅してゐるのも確か。
専門学校で最後に受け持った世代の生徒が、在学中にワシが渡した譜面や資料(全て手書き)の一切合切を、教室に捨て置いて卒業してゐたのを知り、ワシの中で何かが崩れた。もぅいい、とすら思った。

だが、あれしきの事でへこたれるのは、やはり損なのではないか?といふ思ひもある。
まーぁ、どぅあれ、「梶山シュウ」といふモノが、なんにせよ文句なしに「売れて」ゐさえすれば良いだけの話なのだ。
さうなのだ。

1月5日(金)------

しーシュの「初仕事」。

その前に、明日から始まるツアーへの色々準備。なんせ今回 寒い地域に行くので、嵩張りさうな防寒具や物販のCDなどは先方に送っておく、といふ作戦。その選定や梱包、発送などを朝から・・。

その後、けふの演目と明日からの旅の演目をザザっとリハして、会場入り。けふの仕事は、某企業の新年例会でのゲスト演奏。先方の担当者様から『40分くらい演ってください』と云はれてゐるが、宴会の余興で40分は長い。選曲のセンスが問われるぞ。

お客さんのだいたいの年齢層を聞き、それに即したヒット曲やスタンダード、挟み込むオリジナルまでリハを進めながら決める。ワシらかういふ対応を当たり前にやるけど、これミュージシャンだからと云って誰でもできる芸当ではないぞ、と強く云ひたい。

結果としてたいそうウケて大好評だった。
日本語の懐メロ2、英語のスタンダード3、往年のフォーク2、オリジナル3の比率で構成したラインナップは、見事に的中し、最後にはライヴでも聞いたことないやうな場内大合唱となってゐた。ははは、楽しい。

終演後も、お客さん同士の会話で『あぁ!今ので火がついた!歌いたい!カラオケ行こう!』といふ声が聞こえたり、しーシュ今年初仕事、たいへん楽しく演らせていただきました。ご縁に感謝。

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