客を乗せずに走ってゐるバス

9月23日(土/祝)居酒屋椎修晢----------

居酒屋 椎修晢@麺や はやぶさ。
先週、ガソリンスタンドで演奏したしーシュが、けふはラーメン屋さんで演る、といふ快挙(笑)。本当に「どんな場所でも演る」といふ触れ込みを更新し続けてゐるのは嬉しや。

けふの会場「はやぶさ」との奇縁。
てっちゃん(小川哲弘)が、結構前から「ワシの先輩がラーメン屋やってて、そこがすごく美味くて、しかも店でライヴを演る事を望んでゐるのだが・・・」のやうな話を聞いてゐた。
で、行ってみると、これが本当にたいへん美味いラーメンで、しかもそこの店長はなんと、ワシが20代後半に結構フォローしてゐたバンドDOVEのドラマー未来氏であった、といふ!。

改めて てっちゃんの交友範囲の広さと奥深さとを知った次第。

ので、けふのお客さんの中には、なんや広島の「その時代」を駆け抜けた、どこか懐かしい人達がいっぱい集まってくれてゐた。う〜む、感慨深い。

ライヴはよぅ盛り上がった。
冒頭の2曲だけしーシュで演り、3曲め以降はぜんぶてっちゃんに入ってもらふ。そのうち、もぅ最初っから入ってもらって、全編「トリオ・だ・しーシュ」で行けたら良いな。すでにその兆候はアリアリ(笑)。てっちゃん、ありがとう。
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てっちゃんの人脈の中には、ワシの中学時代の同級生(♀)がゐる。お互い1年生時に文化祭に出場した無謀な世代であり、その後も音楽を続けてゐるやうで、これまでにも微妙なニアミスはないでもなかったのだが、お互い50を超えてこのやうな形で再会できやうとは!。

素晴らしいライヴだった。
受付を始め、設営と撤収、会場整備から給仕まで、裏方をHoneysを中心としたチーム・Yuujinがしっかりと支えてくれた。おかげで演奏に集中でき、素晴らしきライヴと繋がった。本当にありがとう。感謝。

未来店長もたいへん喜んでくれ、また是非に、と云ってくれた。「CD全部持ってまっせ」と云ふと懐かしがりながら喜んでくれる。ここも同い年。過ぎた時間だけのものは積み上げて来た、と信じたいものだ。

麺や はやぶさ。
ラーメン&担々麺、激ウマでっせ!。お近くの方でなくとも、是非。

9月24日(日)オリエンタルホテル広島--------

昨日、はやぶさの店舗前に置かせてもらってゐた「ぐっち」を、朝の散歩がてら引き取りにゆく。
日曜 朝の町はまだ静まっており、良いかんぢである。
むか〜〜〜〜〜〜〜〜〜し、さういふ歌を作ったことがあるなぁ・・・。なんだっけ?「祭りの翌日の朝に君と〜」みたいな・・・・。

けふは夜の「ラウンヂ・しーシュ」(営業)まで用事なし。日中は新曲作りに取り組む。明日のリハで演りたいので、頑張って歌詞まで全部揃えた。
今年はホンマにスローペースではあったが、なかなか新境地の曲がいくつか書け、「量より質」といふ意味ではまづまづである。まぁボツもあるけど・・・。

ラウンヂ・しーシュ。2ヶ月ぶりのオリエンタル・ホテルだ。
セッティング中に、お客様へのバースデー・ギフトが行われてゐる事を素早く見抜いたしーなさんが「Happy birthday」を弾き始め、ワシも応ずる。時間外の急な対応に、フロマ・マネージャーが「さすがですねぇ」と・・。
職人しーシュ!。

けふは1st=インスト、2nd=ワシ主導、3rd=しーなさん主導、と云ふ形で構成してみた。これがなかなか良い結果となった。常連Hさんご夫妻にも好評。今後もここの仕事ではこのやうにしてみやう、といふ事で合議。

本当に、なんでも演る、どこでも演る、といふ基軸を固めつつあるしーシュ。
デュオと云ふ形ながら、見事な相方と出会えた、と思ってゐる。ワシはしーなさんから自然と「お客さんが喜ぶ」事の意味を教えてもらった。昔のワシは、さういふ事を「日和ってゐる」と一蹴しただらうが、いざこの歳まで音楽を続けると、それがいかに大事なことかが分かる。

成長する、といふことは、色んなことが見えてくる、といふ事なのだ。
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9月25日(月)------------

真面目な事だが、昨日本番でも、時間が空けばけふもリハするしーシュ。優良企業である。

けふのリハの目的は、完成した新曲を初めて合わせる事。作曲者としても、演奏者としても、いちばんワクワクする時間だ。今回の新曲は「凝った事をしやう」とあらかじめ思って作った曲。自宅でMTRに吹き込み、ワシの中では完成形がもぅ出来上がってゐる。

まづ、演奏部分のみを流して演奏。この時点でだいぶややこしく、しーなさん『これ、まだ歌 あるんよね?』と(笑)。確かに、インストに仕上げても形になりさうではある。そこに、欧羅巴の香り強い男女の歌が絡み、陰鬱なリズムが加味されると・・・・

「クリヴォ・ホロ(いびつな踊り)」といふ新曲が完成。乞うご期待。
*ブルガリア民謡に同タイトルのものあり。こは「曲」といふより「踊り」の種類を指すやうである*

9月26日(火)--------

オフクロが自宅で転倒し、骨折してしまった。

年寄りが骨折=寝たきりへの一本道、といふ図式があり、そはならぬ!と、姉弟揃って奮闘す。リハビリ施設付きの病院に預け、弱音を吐こうがキビしく理学療法を施してもらへるやうにす。

入院にまつわるあれこれで半日付き添ったのだが、オフクロがこの世代の人にしては意外に、(食べ物の)好き嫌いが多い人である、と知る。息子のワシはこんなになんでも喰ふのに、だ。
ちゃんと食べてしっかり養生なされよ母上殿。

オフクロが入った病院は、ワシが教室を受け持つ楽器店の近く。奇しくもけふはレッスン日。まだ昼を回ったばかりだが、一旦帰宅してまたこの辺まで来るのもなんだかナー、と思ひ、けふはそのまま出ずっぱりとす。

古本屋で¥100書を二冊買い、それを持ってランチ。かういふ時、小洒落たリストランテでサラダとペリエ、などのやうに行けば紳士っぽいが、ワシはカレーをガツガツ喰ふ。
少し海岸線を車で流し、スタヂヲ入り。練習でもせんとしたが眠くなって来たので(朝が早かった)、スタヂヲの床に寝袋敷いて昼寝す。気づけば夕方。そのままレッスンして、帰宅。
長い1日だった。

9月25日(水)-----------

昨日はよく晴れて暖かかったが、けふは雨。雨の中、車を走らせ、向原へ出張レッスン。
けふは仕事はこれだけ。

晩酌しながら、Youtubeで古いロックのライヴを探索してゐた。
1974年のカリフォルニア・ジャム出演時のディープ・パープルのスゴさに、改めて唸る。

パープル史によれば「第3期」にあたる、ヴォーカルが二人(1人はベース兼任)ゐる編成。
一説によると、あまり評価の高くないこの時期のパープルだが、それまでの、どこか暗くて泥臭いイメェヂのあったブリティッシュ・ハードロック・バンドが、この二人・・・カヴァーデルとフューズの持ち込んだポップさとファンキーさによって、超一級のロックバンドに昇華した、と云ふ意味で、スゴい瞬間を捉えた映像だと云へる。

まぁ、そのポップさとファンキーさが、のちのパープルの失速に繋がるのでアレなのだが、ナニ、この時代のこのテのバンドなんぞ、ほっといても2〜3年で空中分解したもんだ。

うがった見方をすれば、この映像ではギターのリッチーがバンド内でなんとなく「浮いて」ゐるやうにも思へる。
旧態然のギター・アーティストであらんとしたリッチーと、華のあるカヴァーデルとフューズ。その差にブレないロードとペイス(この二人は実際、どのライヴを聴いても安定してゐる)。

この後、ほどなく脱退してしまふリッチーの心情やいかに?。

9月28日(木)------------

ワシは、これまで自分の関わったライヴや企画のフライヤを、残ってゐる限りスタヂヲ・ジモの自室の壁にべたべた貼りまくってゐる。一度だけスタヂヲに来た事があるしーなさんがこの壁を見て『これ、しーシュの歴史ぢゃん』と云ったほど、まぁ壁一面がさういふもので埋め尽くされてゐる。

それを見たジモの頭首・藤本よりお氏から、是非ワシのフライヤを作って欲しいとの依頼を受けた。なんでもこの秋に久しぶりに東京でライヴなさるのださうな。かねてより藤本さんの、そのテのモノに対するセンスのなさ、を知ってゐるだけに(笑)、まぁいつも世話になってゐるお礼も兼ねて尽力させていただいた。

自分の企画ものを作るんとはまた違って、「先様に喜ばれるもの」を目指す作業は、なかなかに楽しいものでもあった。

絵に凝ってゐた頃、バスドラムにお好みの絵を描いて差し上げますよ、といふ小銭稼ぎをやってゐた事がある。
透明なベードラの全面に、いちをうちゃんとセル画の技法を学んで、それらしく施工した。¥5000くらいもらってたんだっけか?。3人ほどに描いたあたりで自分の興味も失せ、まぁそこまでになったのだが、あん時のバスドラって、みんなどーしてンだらうか?。

かういふ事も、ちゃんと続けて技術を磨いておれば、アレでも「仕事」になってゐたのかもしれない。

前回の旅で知り合ったとあるギタリストは、ガラス職人としての仕事を持ち、壱年を「創作期」「職人期」「演奏期」の三つに分け、それぞれに没頭する時には、他の二つのことは一切やらんのださうな。
ある意味、素晴らしい人生の効率化、とも云へる。

いづれにせよ、人生において「没頭」といふ事が、キィワードになってゐるのは間違いない。

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季節を越えて行く草たちにつひて

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9月16日(土)-------------

しーシュ新作「おかわり」のミックスダウンの為、セイントルイズ・スタヂヲへ。
しーなさんは仕事の都合が付けれず、無念の欠席。アルバムの出来は、ワシに一任される。

技師のカズイこと数井正彦との共同作業も慣れたもの。合間合間の昔話にも花が咲き、ユルいペースで、しかし確実に音を作り上げて行く作業は楽しい。信頼し合える技術あってこその、のんびりした雰囲気。
しかしま〜、フォークデュオとしてメヂャーデヴーを目指してゐた10代には、よもやこのやうな中年期のふたりの関係など、たれが予測しただらうかねぇ・・?。

アレコレいぢって6時間。
ついにマスターが完成。うむ。今回も良いアルバムになった。カズイに感謝。

ところで、作業中にしーなさんから連絡が入り、明日の安芸高宮での野外イベント「香六ダム湖畔コンサート」が中止になった旨を聞く。大型台風接近による事態を考慮して、の苦渋の決断。ぬぉ〜〜〜!残念。

ワシらとしては5年越しのオファーを、よぅやく受ける事ができ、楽しみに待ってゐた。台風が接近中なのは知ってゐたが、イベントが開催される限り、どんな悪天候でも出演させてもらふ!の意気込みではゐたのだが・・・・。
ぬぅぅ・・・スタッフ&主催者 断腸の決断、その心中察するや、無念すぎる!。おのれぇ、台風め!。

9月17日(日)---------

無念にも中止になってしまった「湖畔コンサート」。
台風はその進路がやや南に逸れ、広島直撃コースからは外れた模様。しかし荒天は免れまい。会場に到るまでの道や、会場内での事故など、予想しうるトラブルを未然に防いだのだ、と中止の決定に拍手を送りたい。いま、この時もスタッフは、設営した会場の片付けに追われておられる事だらう。

無念であらう。
あまりの無念さに「忠臣蔵」の「松の廊下の刃傷沙汰」のシーンを反芻す。

中止ですかさうですか、ではしーシュの名が廃る。突発的なオフには違いないので、風雨が強まる前に、スタヂヲに集合してリハす(笑)。昨日完成した「おかわり」のマスターテープを聴いたりしながら、なんやかやで結構しっかりしたリハをやった。

リハ終えて帰る頃には風雨強まり始めており、晩酌のツマミを買いに立ち寄ったスーパーもガラガラ。このかんぢは嫌いではない。斯くなる上は、きっちりと防災対策をした上で、家に引きこもってひたすら飲んで喰ふ。そのやうにした。

9月18日(月/祝)しーシュ出前ライヴ:GSより愛を込めて@甲奴町----------

かくして台風一過。

素晴らしく晴れ渡り、ぬぉ〜〜〜!ホンマにあと1日だけ早く過ぎてくれておれば・・!と思はずにはおれぬが、まぁ仕方ない。けふの三次は本来、昨日の高宮→の動きで企画してゐたルートなのだが、昨日が中止と相成った上は、直に三次市は甲奴町 小川モータースを目指す。
色んな処で演奏してきた、しーシュ13年の歴史でも初めての、なんと「ガソリンスタンド」でのライヴである。

主催はしーなさんの信頼おける友人であり、三次界隈で音楽教室を展開しておられるMさん。
「どんな処にでも行きます」といふ触れ込みを聞き、冗談半分で『ガソリンスタンドとか・・?』といふ話が持ち上がり、さういふ事にノるワシらのこと、「いいねいいね」と計画が進み、なんとホンマに演る事になった。

機材を持ち込んで演奏するスタイルには、だいぶ慣れてきたワシら。会場に着いてみて、店長や従業員の方々と「何処で演るのが良いか?」などを検討。整備所の中とか事務所とか、色々案は出たが、やはり演るなら誰がどう見てもガソリンスタンド、って場所で演らんとネー、となり、ホンマに給油スペースを使ってステージを組む事に。いちをう街の中心地にあるスタンドなのだが、隣近所はほとんどが空き家らしく、音も問題もないでせう、と店長のHさん。

営業時間が終わる頃を見計らって設営を開始。レンタカーのバンを利用しての屋台も設置。楽しい。
時間には近隣からぞろぞろとお客さんが集まり、並べた椅子のほとんどが埋まった。

Mさんの挨拶を経て、おもむろにライヴスタート。
あまり暗めのは演らずに、ダダっと長尺1ステージ。壱時間で14曲を演奏し、思った以上にウケてゐて嬉しい。カヴァーよりオリジナルが評判良かったのも、また。演奏の出来も良く、ワシらも満足。いいライヴが演れて良かった。

かういふ事に前向きになるくらいだから、店長のHさん、だいぶアツい青年である。仕事中の寡黙な職人の顔から、未来を語る実業家の顔に変わる一瞬が面白い。酒が進むと熱弁が止まらなくなる、と云ふのもご愛嬌(笑)。こんな人こそが、地方都市のあり方を変えてゆくのだと思ふ。

Hさん、Mさん、スタッフ従業員の方々に、心からの拍手と感謝を!。
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宿舎は森の中の研修施設。周囲数Kmに誰もいない山ン中で、シラフだと怖いだらうが、酔っ払ってゐたのであまり気にならず。むしろ灯りに呼び寄せられて集まった、しーなさんの「天敵」である巨大な蛾の方々の方が・・・。

9月19日(火)-------------

結果的に壱日のみの遠征になったが、良い遠征だった。
帰りがけに小川モータースに寄り、昨日のお礼とガソリン注入を済ませ、広島へ向かふ。

けふはそのままレッスン。女子高生ばかりを5人みて、またしーなさんと合流、テっちゃんも混じえて「居酒屋椎修晢」の音楽部分、の練習を。テっちゃん、しーシュの曲はもぅほとんど全部叩けるかんぢ(笑)。

なんや忙しく立ち回ってゐる日々だが、10月にはほとんどなんの予定も入ってない事に愕然。ライヴも現段階では4本しか入っておらず、ありゃりゃりゃ、シクったな・・・。

でもまぁ今更どーしやうもないし、かうなればまた少しひとり旅にでも出てみやうかな、と考へたりもす。

9月20日(水)-------------

WADAバンドの朝リハ。

孤独な営業「吟」がなくなって、ギターに触れる機会が激減した。イカンな、とは思ひつつ、このバンドでの演奏ではせめてボロが出ぬやうにせねば。キーボードとサックスの居るバンド、でのギタリストのニッチ、といふやつだな。

ベースのジュンゾーさんが、なにやら年末に計画中のオモロい企画にワシを誘ってくれた。実現したら楽しさうな・・。実現させたいねぇ。

けふの「仕事」はこれだけ。
ナンとも情けないが仕方ない。久しぶりに仏区尾譜に寄り、文庫本一冊(垣根涼介/狛犬ジョンの軌跡)と、中古CD(ウェザー・リポートの二枚組ベスト盤)購入。午後はそれらを楽しむものとす。

9月21日(木)-------------

ベースの生徒さんに、来年 還暦を迎える紳士がおられる。
この御仁が、久しぶりに同窓会に出て、時の流れといふものにショックを受け、そのメンタルのマイナスがフィジカルに投影され、いつも溌剌&颯爽としておられたのに、なんか一気に老け込まれてゐる。

社会的に成功を収めておられる、このやうな方ですらかうならば、ワシが還暦を迎える頃って、どーなんだらう?と思ふ。
40年間、ただ音楽「だけ」をやってきた人生、は、誇りにこそなれど、なんの保険にもならない。はたしてこの指がいつまで動くのか、この喉がいつまで持つのか、なにより、音楽への情熱を、いつまで失わずにおれるか・・・・。
残念ながら、明るい材料など何一つない。

ただ、失礼を承知で云はせて頂けるなら、さういふ些細な事で、軽く落ち込まれてゐる紳士の姿は、たいへん可愛らしく、微笑ましい(笑)。ワシなどには、なんの言葉も返せぬのだが、せめて「あまり気になさらず」としか・・・。
ワシもなんだかんだで、「還暦」もさぅ遠い未来の話ではないのだ。

いづれ往く道 同じ道

9月22日(金)------------

「無くした」と思ってゐた新曲の譜面が出てきた。

浚ってみると『おぉさうさうこんな曲だった』と思ひ出す。本来、曲を作る時なんぞ、書かねば憶えられぬ曲はみな駄作、といふセオリィがあるのだが、ゆんべ喰ったものすら憶えてないやうなこの歳になってみると、書いて憶える、といふはやはり大切なのだ。

これを新しいしーシュの作品にせんと、肉付けをして行く。久々にMTRを駆動させ、アレコレ重ね録り。
ちょいと陰鬱な、それでゐてリズミックな、ユーロ・プログレ的な曲になった。試しにアフリカンのリズムにしてみると、また趣が変わる。これは実際に演奏してみて、どっちが良いか判断した方が良いね。

曲は出来たが歌詞が・・・。
このテのヨーロピアンな曲にこそ、下世話な日本語の痴話喧嘩かなんかを当てはめると面白いんだがな、と思ひながら歌詞を練るも、なかなか浮かばズ。

・・か、いっそのこと、歌詞のないスキャット曲にしてもオモロいのかも・・・。
奇しくも、生徒であるプログレ・マニアのYさんが紹介してくれた音源・・・もとマグマにゐた鍵盤奏者パトリック・ゴディエの最新作は、全編ピヤノと男女のスキャット・ヴォイスに電気ベースのみ、といふ、ワシ的にはたまらん編成。
このベースがベルナール・パガノッティ、と来ればもぅ、ね・・・。

ただやっぱ、スキャットを壱曲ぶん、てのぁ・・・かなりの冒険には違いない。う〜む・・・。

悩む間も楽しいものだ。

品行方正な豆売り

9月8日(金)-------------

昔はツアーから帰ったら2〜3日は何もせずに呆けてゐたもんだった。
レッスン業は昔の方が忙しかったハずなのだが、何故そのやうな事ができたのだらうか?。

レッスン業がヒマなハズの現在、ツアーの帰りの足でレッスンに行ったり、翌日さっそくびっちしレッスン、なんて事も珍しくない。不思議な現象だ。な訳で、けふからさっそくレッスン。

その前に、ミステリーユニット「ツタンカーメンズ」のリハが入る。
毎度、ベタな昭和歌謡or懐メロをカヴァーする旨を立ててゐるこのデュオ。こたび選びしはゴダイゴの「ガンダーラ」。
モロにワシ世代の代表曲であるゆえ、細かい歌い回しなどカワちゃんにレクチュアす。
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カワちゃんの薀蓄によると、この曲はタケカワユキヒデ氏が作った、初めての日本語の歌、なのださう。
日本語での歌詞など作ったことのなかった氏が、英語の歌詞を日本語に翻訳してもらひ、それを元にメロディを紡いだ曲だといふ。云はば『言語逆輸入』。
日本語の歌でありながら、どこか舶来のにほひがするのには、さういふ理由があったわけだ。

当時、珍しくお茶の間に(TVに)姿を現したロックバンドであり、またその品の良さから、子供にも安心して見せられるロックバンド、としても名を馳せたゴダイゴ。名物番組「ザ・ベストテン」にて、「ガンダーラ」「モンキーマジック」「銀河鉄道999」の3曲で上位三位を独占した快挙が、あまり取り沙汰されてないのが不思議。

アナライズのために当時のTV出演時の映像などを見たが、まーぁそのファッションのダサいことよ(笑)。

9月9日(土)--------------

懐かしいバンドに触れて、その方面に火がついたか。
むか〜〜〜し、カセットでそのアルバムを持ってゐた「ロブバード」といふバンドがあったな、と調べてみた。

男3人のポップなロックバンドで、コーラスワークに定評があり、有名歌手のバックを務めたりもしてゐた。
コーラスが売り、のバンドにしては、ひとりえらくハスキーな声の人がゐたのを憶えてゐる。

いちをうWikipediaで検索かけるとスグ出てくるが、詳しい事は引っかからぬ。CMに使われた壱曲のみヒットしたバンドであったやうだ。まぁワシもその壱曲で興味を覚えてアルバムを買ったのだらうし・・・。

なにかの音楽雑誌インタヴーで、このロブバードのメンバーが『俺たち、ただのコーラス・バンドで終わる気はないから』と語ってゐたのを読んだ事がある。しかし、その後の歴史が証明してゐるやうに、残念ながら彼らもまた結局は「こんなもんぢゃない俺たち」を見つけられなかったのだ。

彼らは消えた。だが、そのヒットした壱曲「ボーンフリー・スピリット」は、今もネットで聴ける。
歌を残す、といふ事は、本当にスゴい所業なのである。
天晴れ!ロブバード。

9月10日(日)しーシュ薬研堀夜市 第三回--------

しーなとシュウの地元隔月定例会「薬研堀夜市」。

過去二回は、自分らが意外に思ふほど盛況なライヴとなったが、けふは如何なものか?。しーなさんの生誕イベントが近いし、日曜日だし、どぅかねぇ?、と云ひながら直前リハしてから、会場のJIVEへ。

し〜〜ずかな歓楽街の日曜日。流川〜薬研堀は、人影もまばら。
そんな中、確かに過去二回ほどの盛況ではないが、ほどほどの集まりはあり、お客さんにはただただ感謝。

けふは、リハの段階から、なんかそんな気になってゐて、えらくマニアックな構成のしーシュ。
さういや、しーシュって初ステージがこのJIVEだったんよなぁ、とか思ってみると、しーシュって元々こんな風に「お客さんを置いてけぼりにするライヴ」をするユニットだったな、と思ひ出した。

13年の歴史の中で、自然と今みたいなかんぢにはなったけど、初期の頃は「お客さんポカ〜ん」みたいなライヴをよく演ってたんだな。けふは久々にあのかんぢだった。まぁそのせいか、つまらんMCをだらだらしてしまった感はあり、そこは反省。けふこそ、もっと毅然と、いっそのことMCなしで演ってもよかったのかも・・・。

ワシ自身、しーシュの活動に対して煮詰まってゐる感が否めなくはある。
ここらでヒトツ初心に帰ってフンドシを締め直して・・・まぁ、頑張りませう。

9月11日(月)-----------

生徒の事情で2ヶ月ほど間が空いたが、久しぶりにレッスンで向原へ。

ぢつは今ここ以外でヴォイトレの生徒が居らず、ワシ自身がヴォイトレを久々にやるかんぢ。
昔は、「生徒と一緒に声を出すことで自分のヴォイトレにもなるしえぇわー」、とか呑気に構えてゐたが、生徒も少なく、歳も食ってきた今、自分の為のこまめなヴォイトレもやっておかねばならんかもねぇ・・。

田舎道を走ると、都心より顕著に「秋の気配」を感じる。それでなくとも此処数日で一気に秋めいた感あり。家の外壁工事はまだ終わらず、結局今年は日光の恵みを受けれずにシーズンが終わりさうで・・・。

9月12日(火)------------

此処んところ、映画、読書、音楽、どれにも心惹かれずにゐる。軽い低迷期に入ってゐるのやもしれぬ。

音楽を仕事にしてはゐても、日々それほど刺激に満ちた毎日である訳でもなく、旅の日々ですら、慣れてくると単調と云へなくもない日常に、ヒトはすぐ没してしまふ。
ましてやワシはもともと、外的な刺激に疎い方で、オモロイことを求めて外に飛び出す、なんて事はせぬタイプだ。

以前はたまたま人と関わる仕事が多かったので、日々忙しく立ち回り、それなりに刺激的だった事もあった。ホンマに忙しく、2ヶ月以上休みがない、なんて事はザラにあったが、なにがあんなに忙しかったのだらうか?ともフと思ふ事がある。
そは、その忙しさの後、残ったものがほとんどないからだ。
あの時代、ワシはなにと戦ってゐたのだらうかねぇ?

9月13日(水)のなか悟空:野蛮ギャルド・セッション-----------

放浪の野蛮ギャルド・ドラマーのなか悟空、3度目の来広@アビエルト

の、共演相手にワシが選ばれた。
悟空さん、なんだかんだでもぅ5回目くらいの共演になるのかね?。

もぅ65歳、との事だが、相変わらずヘヴィな旅をしておられる。チョモランマや万里の長城、天安門広場でドラムを叩いた旅を記した著書を読み、「世の中にはすげぇ人もゐるもんだ」と思ったのもはるか昔。よもやその人と、これほど共演回数を重ねることにならうとは・・・。

前回は女性サックス奏者を伴った旅だったが、今回の悟空さんはひとり旅。共演者はワシと、尺八奏者の川口賢哉氏。それと現アビエルトのマスターでもある、舞踏の大槻オサムくん。
まぁ正直、悟空さんは共演相手によって変わるのは音量だけで、あとはいかに自我が解放されるか、のみの表現者。何かを共に構築しやう、などと考へても詮無いだけなので、いつものやうにワシなりの即興アプローチ。

けふは特に、フレーズの断片すらない完全な即興だったので、逆に演りやすかった。
40分くらいの即興を、休憩置いて2セット。
2ndでは、女の子の前衛ダンサーが飛び入りして、ますます異様な世界観に。まぁオモロかった。
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終演後、「(場を)シュウさんが完全にコントロールしてましたね」と云はれ、さうでもないですが・・と答える。まぁ、いちをうベースですのでね・・。
悟空さん、今後も良い旅を。

ところでけふ都心では、しーなさんの生誕ライヴイベントが華々しく行われてゐて、盛会であった模様。
多くの人が『え?けふシュウさん別現場!?』と驚いてゐたさうだが、まさか相方の誕生日を忘れてゐた、などとは・・・

9月14日(木)-----------

今月「居酒屋椎修哲(トリオ・だ・しーシュ/食事付きライヴ)」を演らせていただく、下祇園の名ラーメン店「はやぶさ」に、打ち合わせ兼挨拶に行かんとす。

駅で云ふと一駅なので、散歩兼ねて歩いて行かんとしたら、ウチの近所の鉄板焼き屋「ささふく」の大将とバッタリ会い、『乗ってけ』といふてくれたので一駅お世話になる。
で、「はやぶさ」に入ったら、なんとHoneysのテッちゃん(小川哲弘)とササやん(佐々木正之)がゐる!。

おかしな偶然もあるもんで、昼飯(担々麺。美味い!)を喰ひながら色々と協議&歓談。居酒屋椎修の特別版、といふよりは、以前PICOでやってゐた「食事付きライヴ」のテイで、といふかんぢになるのが良からう、と。
お店も、本格的なライヴは初めてなので、好きなやうにやってくれて良い、といふことで、楽しみな企画である。

そぃからレッスンして、夜はぱんぱかトリオのライヴ前日リハ。
明日の会場である銀山ベース(かなやまべぇす)は、むか〜〜〜〜〜〜〜しワシの生徒がワシの真似をしてベースソロ弾き語りライヴを演ったところ。楽しいライヴになると良い。

9月15日(金)ぱんぱかトリオ酒遊探訪@銀山ベース-----------

銀山町(かなやまちょう)は、ある意味、広島のディープ・スポットとも云へる。
用がないとあまり立ち寄らぬやうな所だし、用もあまりない。そのやうな場所に、ライヴが演れる所があるらしひ、と聞いて「ホー」と思ってゐた場所で、けふ、演る。

立地がとても変わってゐて、往来の激しい通りの半ばにありながら、店の前の道路は歩行者専用の通りにつながっており、車にとっては袋小路。ゆえに店の前の空間を「フリースペース」として解放できるメリットがある。で、ここをばんばん人が通り過ぎるので、お店の白を基調にしたちょいとレトロな雰囲気とも相まって、ぢつに異国情緒のある空間となってゐる。

おまけに隣が老舗の鰻屋さんで、終始香ばしい香りが漂っており、そこの店主(しーなさんの知り合いだった)も『けふはなに演るの?』と覗きに来るくらいの親密な交流があり、たいへん平和で自由なかんぢ。いかにも若い娘が集って来さうな店構えだが、意外にも中年男性の常連客が多いさうだ。店長はまだ若いイケメン(笑)。

20人も入ればギチギチになるやうな小さな店だが、開演時間にはほぼ満席(しかも9割が女性!カワちゃん人気者!)となり、ライヴスタート。
ステージの広さ(狭さ)を鑑みた上で、けふは「ぱん太」でも「ゔぃを子」でもなく「カラス」を使ったので、演奏に関しては全くストレスなく。意外にもこのトリオのかんぢに、カラスの音は合うやうだねぇ。バンド内ユニット「ツタンカーメンず」の出来も上々。けふは色々とコミカライズした梶山シュウを演出してみた。

良いライヴだった。
終演後もお客さんの一人一人とたっぷり話し込むカワちゃん。なるほどかういふ所が、彼の人気に繋がる部分でもあるのだな、と思ふ。よぅは皆カワちゃんといふ「歌うたいの友人」を共有してゐるのだ。まづワシのやうに『近寄りがたい』みたいな雰囲気を醸し出してゐるやうではアカンのだな。

それにしても「銀山ベース」、気に入りました。
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旅日記:枯れ葉散る夕暮れは(しーなとシュウ初秋ツアー)

*旅先でのライヴの様子はSNSで実況的に公表されておりますので、ここでは趣を変えてライヴ以外の主観を中心に書いてみますね*

9月2日(土)大阪 関目:我らの家--------------
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初秋ツアー始まる。

ツイこないだ来たばかりの気がする・・・てゆーかホンマに来たばかりの関目・我らの家。
思ひ返してみると4月に来た時もしーシュではなく、しーなさんのソロ、といふ名目だったので、しーシュとしてここで歌うのは、ぢつに八ヶ月ぶり!。ここのお客さんは他のいろんな場所のライヴにも足を運んでくれるし、なによりマスターのゴンスケさんと、女将のミヨさんとはしょっちゅう会ってるし、で、全然久しぶりの気がしない。

毎度、大して宣伝するまでもなく予約で満席になる、といふ我らの家。今回もこないだのワシのソロからいくらも空いてないのに、ソールドアウトなのださう。ありがたい。
思へば2013年の5月、初めて訪れたこの店(前店舗)でのリハ中に『親父の危篤』の連絡が入り、まぁそれも仕方なし、との思ひを抱えて演ったライヴでものすごい反響を得て、それ以来の「関目通ひ」が続いてゐる。

関目はいわゆる「文教地区」でもあり、他の、どこか猥雑で混沌とした「大阪っぽい」場所と、すこ〜〜〜〜し趣が異なる。戦前の古民家もふんだんに残っており、聞けばここはやはり戦災を免れ、梅田や天満で被災した人たちが逃げてくる土地、であった様子。

ちょいと裏道に入れば迷路のやうな路地があり、ぐねぐね回ってどこに出るのやら・・、みたいなかんぢ。インドっぽくもある。創業50年、とかいふ中華料理屋や喫茶店(カフェではない)や、駄菓子屋だが夜には飲み屋になる、みたいな店もあり、ここはここなりにやはり「ディープ大阪」なのである。

また「人」が良いのだ、この辺は。
駅の近くでちょっとメモを片手にキョロキョロしてたら、すぐに「何してンの?」「なに探してはるン?」と声をかけられる(笑)。楽しい街、関目。

9月3日(日)京都 先斗町:Room335/共演:オイワカモリ+1---------
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京都へ。
ここ数年、年末は必ず京都に来てゐるし、友人も多く存在し、馴染みが深い気がする街。

会場のRoom335がある先斗町(ぽんとちょう)は、まぁ「作られた」感は満載なれど、京都の「らしさ」を凝縮したテーマパーク的なところ。何年か前、ジャズのバンドのツアーでたまたま来て、その時の同伴は男(後輩)だったので、『なんでこんなかんぢの良い場所を男二人で散策せねばならんのだ』と、たいへん身勝手な難癖をつけた場所だ。

その後しーシュでたびたび来るやうになり、この通りを美女と歩く、といふ願いは叶えられ、まぁ叶ってみればフツーの観光客向けの場所である、といふ気がしてこれもまた身勝手な・・。

そしてRoom335は、しーなさんがツアーに参加して、初めて「雑魚寝(居候)の旅」を経験したツアーで立ち寄った店でもある。
すでに懐かしいが、あれは6年前のことらしひ。
この街にも、しーシュを知ってくれる人が増えた。ありがたいことです。

誤解を恐れずに云へば、ワシは京都の人たちの持つ、軽い毒を含んだユーモアが大好きだ。現地人に云はせると「イケズ」といふ事になるらしひのだが、そのイケズ感が、ワシの心には心地好い。

9月4日(月)オフ:移動日----------------

昔はオフがあると、当地の観光や名所を巡ったり、など・・・もともとせぬ方だった。
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が、最近は少しく余裕も出て、まぁ近隣くらいなら、チョコっと観光でも、といふ気にはなる。
だがあまり美食や、極端に酒に興味がある訳でもなく、名所も見たらすぐに満足する方なので、ホンマに散歩にケが生えた程度。

移動と、明日からの歌や演奏に支障が残らぬ程度の、程よい疲れと怠惰を貪るのが、一番良い。

いやホンマを云ふと、このオフの日こそ、日頃広島にゐる時にやってること・・・・朝は練習して、昼過ぎから軽いトレーニングして、声出しもして・・・みたいにするのが一番エェのは分かってるんだが、やはりオフの日は楽器をケースから出しもせぬ。

せめて、よぅ歩くやうにして、あまり飯を喰ひ過ぎぬやうにする。

9月5日(火)名古屋 今池:りとるびれっじ-----------

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名古屋・・・。

2005年のひとり旅で訪れるまで、その名前以外のなにも知らなかった土地に、かうまで深い縁が繋がったのも、この街で初めて出演したハコが、りとるびれっじだったから、であると思ってゐる。

現・女将のひろみちゃんは、その当時はお客さんだった。
大将・谷口幸至朗さんも、オン年65歳。あの時は今のワシの年齢に近かったのだな、と思ひ、静かに驚く。

その幸至朗さん、なんでも最近割と健康に気を使ってゐるさうで、なんかシャープになった印象。顔色も良く、本当に健康さうだ。けふはサプライズで幸至朗さんの曲を演奏(意外にもしーシュのみで幸至朗さんの曲を演るのは初めて)し、長年の恩に感謝を重ねた。

「お前ら、最初はちぐはぐだったが、ホンマにえぇかんぢになったな」との幸至朗さんの言葉は、たれよりしーなさんが嬉しからう、と思ふ。
まだまだお付き合いいただきたいですよ幸至朗さん。

けふも良いかんぢに満員で、すっかりお客さんが定着した名古屋。その根底にはやはり、冒頭に述べた事があるのだ、と改めて思ふ。奇しくも明日から音響設備を一新するさうで、けふは旧システム最後のライヴ。
また節目に立ち会った感のある、名古屋の夜であった。

9月6日(水)大阪 寝屋川市:ピソンリ:共演 山田さとし、飯塚あかね----------

ツアー千秋楽は、初めての寝屋川。

ゆかり深い笛吹き怪人 山田さとしがブッキングしてくれた、喫茶店でのライヴ。
会場入りの前に、さとし宅を訪れ、この夏に生まれたばかりの和子(わこ)に謁見す。

もぅ一人の共演者として、4年前に滋賀でご一緒した飯塚あかねさんを千林駅前で拾い、会場のピソンリへ。

その4年前の共演時すぐ後に、ブラジルへ移住したあかねさん。今回は一時帰国ださうで、しかし帰国期間中、ほぼ毎日ライヴをやっておられるやうで、元気ですねぇ〜、と。
前回以来、づっとしーシュのことを気にかけてくれており、けふの再会を楽しみにしてくれてゐた様子。

以前よりさらにパワーアップした歌声と、本場仕込みのポルトガル語によるボサノヴァやサンバで、しっかりと会場を巻き込むあかねさん。喋ればコテコテの関西弁で、それがまた楽しいひとだが、必ずしーシュ&さとしをブラジルに呼ぶ!と約束してくれた。
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地球の反対側でこの4人が演れたら、そらぁホンマに素晴らしいことだと思ふ。
実現できる日が来ることを祈ろう。金貯めて待ってなきゃ、ね(笑)。

9月7日(木)帰広-------------

帰る。

久しぶりに青春18切符を使っての、在来線の旅。
ここんところ新幹線を使っての旅も多かったが、乗り換えの迅速さや座席確保の駆け引きなど、まだまだ勘の鈍ってない自分を「良し」と思ふ。時折はかういふハードなこともやんなきゃ、ね。

外はづっと雨模様。
ながいながい電車の行程で、乗って来ては降りて行く人々の流れを、づっと見てゐる。
たれも降りず、たれも乗らぬ駅。
駅前に何もない町。
学校帰りの高校生が大挙してくる時間帯。

そんな中で座席に座り続けてゐる、旅の中年音楽家ふたり。
ワシらはいつまでこんな旅を続けて行く事ができるのかなぁ・・・・。

約5時間ちょいで広島に帰還。
ホンの5時間前には、まだ大阪にゐたのだな、と改めて不思議な日々を思ふ。

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