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冬の魚達につひて

12月22日(土)まびなチャリティコンサート@くらしき健康プラザ ------

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2015年の東北は女川への遠征で知り合った、ボランティア・スタッフのHさんから、先の西日本豪雨災害で甚大な被害が出た倉敷市は真備町の被災者に向けてのクリスマスコンサートをしてはくれぬか?との依頼。

しーシュおよび梶山シュウ個人としても、かういふチャリティ系イベントへの出演は慎重に慎重を重ねてゐる。
そは自分らのためでもあるが、ひぃては音楽業界全体のため、でもある。
ツイ最近、知人のチャリティライヴで起こった「とある事例」を聞いたばかりなだけに、よーくよーく吟味して、東北で何日かご一緒した時のHさんの人柄や思ひなどを鑑み、わりと特例としてお受けすることにした。

機材一式積み込んだ「ぐっち」で、倉敷へ向けひた走る。

待ち合わせ場所で3年ぶりのHさんと再会。
Hさんの案内で、被害のひどかった場所、空き家になった家屋群、その場所から新たに立ち上がって頑張って商売を始めてゐる人たち、を訪ねて回る。どこにも「くじけない人々」はゐて、さういふ所から目に見えるやうなパワーが立ち上ってゐるのを感じる。けふは良いライヴにせねばならんね。

ボランティアの方々の手作りで会場が準備され、ワシらもそれに合わせて音響を設営。不慣れなスタッフに進行のアドヴァイスなどもしながら、お客さんが集まりはじめ、いざライヴスタート。

年齢層や男女比もチェックし、リクエスト曲とオリジナル曲の比率や、時節柄のカヴァーなど、綿密に準備し、我々も楽しむやうな気持ちでステージを務めさせていただいた。序盤から涙を流して喜んでくれる人が続出し(笑)、楽しい曲では手拍子も合唱も起こり、良いライヴをお届けできたのではないか、と思ふ。

多くの方が心からの感謝を述べながら帰って行かれ、あぁ良い仕事をさせていただいた、との思ひひとしを。
滅多にないことなので、我々も本当に感動した。Hさんはじめスタッフの皆さんからも並々ならぬ謝辞をいただき、お受けしてよかった、と心から思った。

復興も再建も、まだまだこれから。また訪ねて行きたいと思ふ。

12月23日(日)--------

年末になると新聞の一面を使って『冷凍カニ足1kg!特売!』みてぇな広告がよく載る。以前より「どんなもんかいな?」と思ってゐたのだが、お陰様で今年は年末に割りの良い仕事が多かったので、ついに注文してみたのだった。
そのカニ足が、けふ届いた。

みっしりと箱に詰まった巨大なカニ足。なるほど食べ出はありさうだ。
だが、極めて硬度に凍結してをり、半日放置して解凍を進めてゐたが、夜になってもまだ全然溶けておらぬ。
ので喰ふのは明日とした。

12月24日(月/祝)--------

クリスチャンのワシにとってクリスマスはやはり感慨深い。
そもそもクリスマスをちゃんと祝いたいからクリスチャンになった、といふ異例の経歴なので、クリスマスを祝わぬわけには行かん。

青年期のこの日は、聖夜礼拝に出席し、仲間たちと街に繰り出し賛美歌を歌い、おごそかに皆と会食をし、といふ日だった。
・・・が結婚してからは家族=ニョーボと二人で鳥を調理して喰ふ、といふのが習わしとなり、いちをう結婚後20数年にわたりそれを実行してきた。

その「鳥」を、今年は「カニ」で代用する。
ひとり一匹、とまでは行かぬが1Kgのカニは流石にけっこうな量がある。足をもいでは割り、割っては喰ふ、といふのを黙々と繰り返し、喰ひ切った(ぢつはまだあともぅ1Kgある)。

さすがに味に飽きるな・・・(笑)。

12月25日(火)しーなとシュウ畳屋PICOの忘年会2018 --------

しーシュは2007年の年末・・・結成後2年目には「クリスマス・ライヴ」と称して自らが料理を振る舞うライヴをはじめてゐた。それが恒例化し「料理するバンド」と認識されるやうになり、それがやがて「居酒屋椎修」に繋がるわけだ。

大元となる年末ライヴ。
25日より前ならば「クリスマス・ライヴ」、25日以降ならば「忘年会ライヴ」として続けてきたが、今年はなんとなく『やんなくても良いかな』といふ気持ちでゐた。したらファンから「今年はやらんのか?」の声が結構あり、まぁそれならば、といふかんぢで、投げ銭にて気楽なライヴ、といふ形で演ることに。

料理もあんまり凝らず、巨大な鍋を一つ用意して、皆でそれをつつきながら・・・のつもりだったが、有志が望み出てお好み焼きや炒め物なども出してくれ、結構豪勢な会となった。
肝心のライヴがなんとも音場が掴めず演りにくかったのが残念だったが、ウチのライヴにしては珍しく、終演後もお客さんのほとんどが店に残り、ワシらと話ししながら飯を喰ひ酒を飲み、といふ場になり、とても良いかんぢだった。
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あぁ、かういふ場こそワシの演りたいものだな、と改めて思ったのだった。
「地元今年最後のライヴ」だったとしては、ちょいと消化不良なかんぢは否めなんだが、「忘年会」としては大成功。
鍋もすっかりカラになり、心もお腹もいっぱいにして帰ってくれたのなら、嬉しい。

会場提供してくれる水木畳店当主 ツンちゃんにも感謝。

12月26日(水)-------

例年だとすでにこの時期 レッスンの方の仕事は終わってをり、ライヴ以外の仕事は家の掃除や片付けなどを残すのみ、なのだが、今年はありがたいことにレッスンが盛況であり、けふ明日は出張を含む個人のレッスンが満載、といふ珍しい年末である。

な訳で、西に東に、車で移動してはレッスン、といふ壱日。生徒は全員女性、といふ・・・。

12月27日(木)--------

来年の何月かに、現在契約してゐるホームページのサーバーが終了す、とかで、サイトを作り変えるかサーバーを移動するかせねばならん。現在更新に使ってゐるソフトが旧式のPCにしか対応できん、といふデメリットも含め考へどこに来てゐた気がしてゐた。

ので、思ひ切ってサイトを作り直し、しかも作成をプロフェッショナルに依頼することにした。
けふはその打ち合わせに担当者と落ち合って諸々会議。どのやうなページに仕上げるか、こちらの意向を汲みあれこれ進めてくれるさうで助かる。

まぁ作り変える、とは云っても内容はごくごくシムプルにするつもりだし、いらぬコンテンツを加える気もない。基本的に現在のサイトをベースに、もぅ少し近代的にポップに仕上げてもらふつもり。

思ひのほかスムースに会議が終わったので、一旦家に帰るかどーか悩みもしたが、まぁそのまま市内に居座り、昼飯食ったり、本屋を覗いたり、スタヂヲに篭ったりして、夕方からは今年最後のレッスン。
しはすはすすむ。

12月28日(金)スーパーウェイター@関目我らの家 --------

毎年恒例の大阪〜神戸〜京都の年末サーキットに出発。
まづは大阪・関目。お馴染み「我らの家」でのけふの名目はしーなさんのソロ。ワシはライヴの間、店の従業員として働くのだ。リハーサルでは会場の音響を調整したり、完全な裏方に徹する壱日。かういふ日も好きなのである。

開場よりいくらもせぬうちに客席は満員に。次々と入る注文を聞き取り、伝達し、ビールを注ぎ、満場の客席を華麗に舞い、給仕に没入す。「本職にしてもイケるんぢゃない?」の声があちこちで上がる。

してライヴの方でも、しーなさんから「給仕をしながらハモれ」との御達しがあり、客席に居ながらにして参加。3曲でギターも弾き、インターバルではまた華麗に客席を舞い、オーダーをサバく。良い仕事ができたやうに思ふ。

にしても我が相方ながらこの人気の高さよ。ワシがソロを演ってもここまで満員にはならん。美形&妖艶な女性歌手、といふ事を差し引いても、よく練られた内容豊かなライヴである。ライヴァル意識を強調する訳でもないが、毎度「勝てんなぁ」と思ふ。
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まぁ、そのポピュラリティを強みにしーシュを演り始めた訳だし、それは良いのだ。よぅは今年あんまり曲が作れんかった自分がよろしくないのである。まだまだ精進せねば、ね。

12月29日(土)神戸西宮 街の唄2018@西宮RJ&BMEs -------

これも恒例、29日の西宮。
昨日関目で一本演り、「我らの家」に泊まってのけふ、なので色々と楽なのである。店を拠点に動き、買い物行ったり練習したり・・。まさに「我らの家」。店主ゴンスケさんに心より感謝。

さてけふのライヴでは、しーシュの他に地元西宮の老舗バンドのサポートを頼まれてをり、早めに会場入りしてメンバーと落ち合い、軽いリハーサルなど。何度か書いてゐるが、すでにヴェテランの域も半ばを越したしーシュが、この集いの中では最年少、とかいふメンツ。最初頃はけっこう色んなユニットからサポートを頼まれたりしてゐたが、ここ数年はなぜかそれもあまりない。

特に今回は、病に倒れてゐる中野督夫さん(秋口に突然くも膜下出血で倒れ、現在も入院中。)へのエールの意味合いが強く出てをり、トクオさんとの繋がりをそれほど語れぬワシらは、いつにも増して「浮いた」存在。そこに気後れせず、他の出演者がMC&唄で3曲20分、のところ、ワシらはMCなしで5曲20分、を貫いた。
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出演者それぞれの、トクオさんへの愛に満ちた、良いライヴだった。
だが、ちょいとイベント全体が長すぎる気はする。去年もさう思ったのだった。

12月30日(日)京都 街の唄2019@モダンタイムス -------

しーシュとしても個人としても、2018年最後の本番。大好きな京都のイベントだ。

一昨年ぐらいから、関目のMiyoGonが出演者に加わり、しーシュは当然「関目コネクション」として
そのサポートに。しかしMiyoGonにはベース奏者としてヨモギといふ若者がゐるので、ワシはだぃたぃパーカッション担当。
今回は沖縄のパーランクとタムバリンを養生テープで貼っつけた「即席パンディロ」で出演。ははーん来年からパンディロ持って来れば良いんだな・・。

けふは昨日より出演者が多いのだが、主催のオイワさんの采配でとてもスムースにライヴが進行する。
だがみーんな歌よりMCが長い(笑)。ならばワシらは、とばかりしーシュは昨日よりさらにMCを排除。3曲目が終わるまで一言も喋らぬ、といふ快挙に。その後も軽い挨拶だけで残り2曲をタンタンっと。楽曲の暗さ&激しさとも相まって、ちょいと嫌味だったかな?とは思ふ(笑)。
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まぁ仕方ないぢゃないか。

昨日の西宮ほどではないにせよ、ここでもやはり中心人物のひとりであった トクオさんの不在は陰を落とす。厳しい現状ではあるらしいのだが、どぅか元気になってステージに帰って来られる事を切に願ってゐる。たれがどこでどのやうな形で病魔に襲われるかどうか、たれにもわからないのだから・・・。

12月31日(月)--------

大晦日に京都にゐる、といふのも、ここ数年の恒例。
親友である中村コーイチ&あらいなおこ夫妻宅に泊まった仲間たちと昼飯。皆んなこのまま新年を迎えるまで京都で過ごすのださうだが、しーシュは毎年、それぞれのウチに帰る。

今年はこっからがトラブった。
まづ、出発が思ひのほか遅れ、予約してゐる新幹線に間に合う新大阪行きの電車になんとか滑り込みで飛び乗り「ヤレヤレ間に合った」と思ってゐたらなんとこの電車が途中の駅で止まりよった!。
なんでも架線に飛来物、とかで結局15分遅れ。新幹線には間に合わず、まぁこれはJRの責任だらう、文句云はれても知らんとばかりに、順次来た新幹線(のぞみ)の自由席に乗ればこれが乗車率200%近いギューヅメ状態。
そのギューヅメの中で扉に押し付けられてゐた兄ちゃんがケータイを扉の間に落としてしまひ、姫路駅でまさかのさらなる停滞。詳しく見た訳ではないが、ケータイを落としたのは不可抗力だったやうで、しかしながらあんなに長時間新幹線を止めてしまったあの兄ちゃんにナニか責任が問われるのではないか?と、他人ごとながら心配。

結局、我らは岡山で当初の予定の新幹線に追いつき、ガラガラに空いてゐるこだまに、正規の切符でちゃんと広島に帰って来た。

大晦日の広島にて。
今年もよぅ旅した、との思ひが強い。
久しぶりにソロでも旅に出て、しかも楽器を持たずに唄旅をす、といふ念願も叶った。

色々な幸運と、えにしと、好意に支えられ、心穏やかに新年を迎えることが出来さうである。



来年もさうありますやうに。



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しはすはすすむ

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12月14日(金)しーシュレコ発ツアー初段@パーカホリック/w 城領明子 -------

年内は微妙?と思はれてゐた新作「小鉢:其の4」が届いた。
それを持っての旅 第一弾は大阪二連チャンとなる。まづは、すっかりお馴染みとなったなんばはパーカホリックにて、女性ピヤノ弾き語り 城領明子ちゃんとのカップリング。

明子ちゃんは、しーなさんとは縁があり、なんとあのカシラとのデュオで広島にて共演した事があるのださう。以前よりしーなさんから『良いよ』と聞いてをり、しかしワシは初対面にて、どーなるやら、との思ひもまた楽しみであった。
ワシは何故か(てゆーか当然か?)初対面の女性アーティストに、極端に警戒されるか、えらい気に入られるかのどっちかなので・・・。

相変わらずの心斎橋の狂った喧騒を抜け、パーカホリックに着くと、明子ちゃんは既に来てゐてリハ中であった。
ワシが見てゐた写真や作品から受ける印象よりだいぶボーイッシュな女性。サバサバした物腰からも、宝塚の男性役みたい、と云ふと失礼なのかな?(笑)。さういふ印象を受ける。

明子ちゃんは、ワシの上を往く「直感型プレイヤー」であり、その感性で作られた楽曲を、しーシュがアナライズ&サポートす、といふ形でコラボしてみる。またさういふ事を喜んでくれるタイプのひとで、楽しさうに歌い上げてくれた。パーホリは、全国でも珍しい「ピヤノが二台置いてある」箱なので、それを活かさぬ手はあるまい、と、しーシュ史上初めて「ツイン・ピアノによるコラボ」も実現。

しーシュ単体でのステージもえぇかんぢ。たいへんたいへん珍しいことに、完成後何年にもわたって演奏され、得意ナンバーの筆頭ですらある『亀の庭』で、五拍子を見失う、といふトラブルが起きた。まぁコアなファン以外(さういふファンしか居らぬが)気づかぬ程度のミスですがね・・・・。

明子ちゃんは、明日やはりこの近くの場所で共演する、清水明日香の「マブダチ」ださうで、終演後 お店に残ってその辺の話をす。数々の爆笑エピソードからも、ふたりがあけすけにプライヴェートを語り合える親友同士であることが察せられ、微笑ましい。

明日も楽しみだ。明子ちゃん、ありがとう。

12月15日(土)しーシュレコ発ツアー二段め@大きな輪/w 清水明日香 ------

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昨日に引き続き大阪。しかも昨日のパーホリとも近い場所らしひ。マスター同士も友好な関係にあるやうで、パーホリマスターのタケシくんから『よろしくお伝えください』と伝言できる素晴らしさ。

さてけふのホスト(ホステス?)は、もぅ何度も共演してゐる なにわの妹分 清水明日香
明日香はけふのライヴを「クリスマスコンサート」として企画してくれてをり、けふのコラボはその流れで選曲。もともとこの3人で演るときは、意外なカヴァーもよく演ってゐるので、そこはお手のモン。

お客さんも明日香すじの ノリの良いご婦人など多く、よぅ盛り上がった。明日香とワシがデュオで演る局面では、もぅ何度も演ってゐる曲だけに、完成度が極限まで高まってゐて、明日香からも「これはもぅ二人の曲ですね」とお墨付きをいただくほどに。

けふはピヤノは電子だったが、ベーアンがとても良い古い真空管のアンプで、これがたまらんえぇ音であった。かういふの使うとやっぱり「あぁ古いアンプって良いなぁ」と思ってしまふ。「所有」するには仲々大変なのだけど・・・。

打ち上げはお好み焼き。『広島の人には・・』と謙遜してくれるが、ワシらどっちのお好み焼きも大好物。どちらも美味しく頂きまっせ!。と云ふことで、他のツマミも瓶出しのマッコリも美味く、久々に「ツアー中の喰ひ過ぎ」をやらかしてしまふワシであった。

明日香、ありがとう。

12月16日(日)正しいロックンロールの証vol 4@松阪MAXA ------
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さて、早いうちから大阪を旅立つ我ら。
向かふは松阪。4年ぶりのMAXAは「正しいロックンロールの証」である。

これ、もとはマクサの忘年会行事「正しいロックンロールの調べ」といふ、全国から旅のミュージシャンが集まる一大イベントだった。ご縁を頂き長きにわたって出演させていただいておったのだが、2014年の第20回をもってイベントが終了。以後は地元のミュージシャンを中心とした「証」として再出発してゐたさうな。

その4回目にしてよぅやく声をかけて頂き、今回の出演に相成った。嬉しい!。

このイベントでした会わないミュージシャンも多く、また元を返せばりぶさん富安秀行さんなど、ここで知り合って以後の交遊に繋がった人も多いのだ。会場のアチコテで『おぉ!久しぶり!』とか『元気だった?』と声を掛け合う音仲間。良いモンだ。本当に良いモンだ。

イベントタイトルが表すほどには「ロッケンロール!」なかんぢでもないのだが、それでも ウチが「浮いた存在」であることはおぉいに察して頂けるであらう。まぁその場違いなニッチを自分らで充分に認識しながら、怯まずに演る。デカいステージなので、ベースの打撃音ひとつにしても気持ち良い。久しぶりのワシらを待ってくれてゐたファンもそこそこにはゐて、しーなさんなど終演後は「写真責め」に会ってゐたらしひ(笑)。

出演者全員ステージに上がって、のフィナーレも素晴らしく、ワシは なんと、あの、寺岡信芳さん・・・・あのアナーキーのベーシスト、Groovinのベーシストの寺岡さん、にベースを譲ってもらって一曲弾く、といふ素晴らしさ。

ひえ〜。写真が上がってゐたので家宝にしやう。

いや〜〜〜〜、久々にここに来れて良かった、としみぢみ思へるイベントだった。ここに来れて良かった。ここに導いてくれた全てのことに、心から感謝を捧げたい。本当にありがとうございました。
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12月17日(月)--------

松阪から帰る。

この旅に出る前、日々のあまりの多忙ぶりに やや心を落ち込ませてゐたしーなさんが、この3日間ですっかり精気を取り戻した事が嬉しい。そもそもワシがこの人を誘ったときの口説き文句は『あんまり金にはならんけど、心底オモロいと思ふ経験はさせてあげれると思ふ』だった。

まぁ、嘘はついてなかった、とは思ひたい。

12月18日(火)--------

ちょいと早いが今年最後の楽器店レッスン。

今年一年で、過去最多人数から過去最小人数まで、激しい変動のあったこの会場。
来年から、担当者も変わるさうだ。ふる〜〜〜〜くからの付き合いで、個人的に二人で飲みに行ったこともある現任者が居なくなるわけだ。ますます新規の生徒獲得が難しくなるのではないか?と思ふ。まぁそれも仕方がない。

色々漏れ聞く情報によれば、来年はもっと景気が悪くなるらしひ。
今年は、割と真剣にバイトを入れねばならなんだ去年よりは仕事がうまく廻った壱年ではあったやうに思ふ。だが、それも来年はどうなるやら・・。

かういふとき必ず『この時代だからこそ攻めるチャンス!』とか鼻息の荒いのが現れるが、あーハイハイ戦ってくださいよ、としか思はぬ。

12月19日(水)隔月solo企画「吟」最終回@ふらんす座 ------

さて、今年壱年 続けて来た「吟」。
いょいょ最終回である。

隔月ではあるものの、定期的なソロを企画&敢行したのは久しぶりのことで、づっと平日開催だったわりにはコンスタントにお客さんも得て、少なくとも「あの」痛恨の企画・・・壱年ぶりのソロライヴにお客さんが3人しか来なかったライヴ・・・のトラウマを払拭できた。

だが同時に、やはりソロのライヴを打つことの限界も如実に感じた壱年ではあった。
「また演ります」とは云ったけど、多分もぅやらないと思ふ。
壱年お付き合いくださったお客さんには、心から感謝を申し上げたい。
本当にありがとうございました。

これにて『吟』・幕でございます。

12月20日(木)ぱんぱかトリオ年末大作戦@KOBA ------

今年壱年、よぅ走り続けて来たぱんぱかトリオの「演り納め」。

宣言通りけふは「あをぞう」を全編で使うパフォーマンスとす。
機材を搬入し、セッティンングして、リハ演ってるともぅお客さんが!。

前半はステージ(演者スペース)に入り込んで悪さするコドモと、それを全然注意せぬオヤがゐて、なんとも演りにくかったが、後半は純粋に音楽を楽しむお客さんのみでいっぱいになり、カワちゃんも絶好調。いいライヴだった。
あをぞうの音もバッチしで、kobaの当主ボムくんも「こない重低音出るんですねぇ」と驚いてゐる。さうなのよ出るのよ。
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考へてみれば、どんなシチュエーションでもヴァネッサ壱本で演って来た数十年を経て、特にこのぱんぱかトリオでは「ゔぃを子」「ぱん兵衛」「カラス」「縦べぇ」といろ〜んなベースを使ふやうになった。まぁ今後も色々使ってみやう。

終演後ボムくんと少し話す。
相変わらずの繁盛店で、けふもひっきりなしにお客さんが来てゐたが、オープンから16年、といふ。16年間、人気店である続ける、といふことのスゴさは、やはりこのボムくん=光行 剛といふオトコの人柄、人望に負うもの以外なにものでもない。

友人ダンサー関本麻須美ちゃんに連れて来てもらったとき、初対面だと思ってゐたボムくんと、ぢつは共演した経験があった、といふ事からワシにもお気に入りの店となり、こんなワシをいくつもクラブ・イベントに絡めてくれ、「何度も助けてもらった」と云ってくれる。
夜の街に出ぬワシだが、タマに来ればいつでも「おぉシュウさん」と気安く迎えてくれる。
ここで従業員として働いてゐた若い青年達も、それぞれ独立して良い店を持ってをり、それを我が事のやうに嬉しさうに語る。

こんな男になりたかったのだ。

12月21日(金)クリスマス・サロンコンサート@広島逓信病院 --------

Bobbysの仲間にしてワシのギックリ腰の主治医でもある、広島逓信病院・整形外科長 進藤先生の導きによる、逓信病院クリスマスコンサート、も5年目か?。

もぅすっかりお馴染みにならせて頂いたかんぢで、機材搬入からセッティングまで。
このイベント、ワシらも楽しみにしてゐて、入院患者さん達への、ささやかなプレゼントになれば良い、と思ひながらあれこれ選曲してゐる。まぁ割と毎年同じラインナップなのだが・・・。

今年は知人がタマタマ入院してゐたこともあって、その知人である 病院外からの見学者が多くゐた、といふ印象。入院患者さん達も例年になく音楽好きが集まられたやうで、終演後 本当に満足したやうな表情でそれぞれの病室に帰って行かれる姿を見送り、心から早期の快癒を祈らずにはおれなんだ。

本当に、みなさん、壱日も早い快癒をお祈りしております。

けふはワシにしてはたいへんたいへん珍しいことに、その後もレッスンが入る。ライヴを演ったあとにまでレッスンとは・・・。

その後なぜかシャックリが止まらなくなり、イラつく。
さういや30代の頃、あまりに止まらんシャックリにシビレを切らし、息を止めて横隔膜を押さえつける運動をしたところ意識を失い、便所で倒れて便器で顔面を強打し、それのせいで今もワシの鼻は軽く左に曲がってゐる、といふ話を思ひ出した。
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最後だけは立派だったと伝えてほしい

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12月7日(金)--------

明日の長門は向津具でのライヴのために前入りする日。
しーなさんは出発ギリギリまで仕事に追われてゐて、ワシは長門滞在中の必要なあれこれの買い出しを担当す。

夕方、広島を出発。初冬の日暮れは早く、あっといふ間に真っ暗に。
高速道路走行中はまだしも、一旦長門市に入り、向津具までの道を走り始めると、周囲は一気に原初の闇の中。
通り過ぎてるのが、森の中なのか田んぼのあぜ道なのか海っぱたなのか、目視は不可能。ヘッドライトが照らす範囲内だけが現存する世界(笑)。

投宿先の「パタ屋」が闇の中に浮かび上がった時には、毎度心底安堵するのだ。

そのパタ屋。今夜は地元青年会の会合が開かれてゐる。来年計画されてゐる「棚田祭り」の目玉商品になる「ムカツクにぎり(地元米と地元具を使ったおにぎり)」の試食会らしく、我らもその相伴にあずかる。とてもおぃしぃ。

ここ数年で若年層の移住者も増えたさうだ。またそれぞれが持ったスキルを持ち寄る場所に、どーやらパタ屋が役立ってゐるらしく、良いことだ、と強く思ふ。

12月8日(土)しーなとシュウのクリスマス・コンサート@長門市向津具 旧文洋小学校 ------

昼前には、いつも長門での音響を務めてくれる地元の仲間 ヤっちゃんが来る。

ヤっちゃんと共に機材を積み込み、会場へ移動。
会場の旧文洋小学校は2006年の国民文化祭山口の長門地区会場でもあった。その頃のワシはZEKUといふユニットの一員として、長門地区の音楽イベントに一年以上にわたって深く関わり、その総決算となるイベントがここ文洋小学校で行われたのだ。

あの時ワシは、主催者に「(縁を)これで終わりにしてほしくない」旨を伝えた。
その願いは通じ、あれから16年経ったいまも、かうしてここに帰って来て、歌うことができる。幸せ者だワシは。
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娯楽のない地域の人々に、クリスマス前の楽しみを届けるのが、けふの仕事。
カヴァー8割で構成し、楽しんでもらへるやうに頑張った。・・が、前の方に大声で喋る一団がおり、これらに気を削がれてやれんかった。他のお客さんも明らかに気にしてをり、申し訳なかった。

修行が足らんな、ワシは・・・。

終演後は、地元のおばちゃん(おばーちゃん)らの拵えてくれたおでんやぜんざいなども振舞っていただき、この人たちの愉しみに少しでも力が貸せたのなら嬉しい。是非また参加させていただきたい、長門は向津具のあたたかなイベントであった。

ところで、上述のおばちゃん達。
ワシらが機材の積み込みをしてゐる側を、「おつかれさま〜」と帰って行ったが、外は先述したやうな原初の闇。
どこに帰ってゆくのだ!?。

12月9日(日)らうんじしーシュ@オリエンタルホテル広島 --------

昨日から全国的に冷え込んでゐるらしひ。
長門も例外ではなく、外を見ると雪が降ってゐる。づいぶん長門に来てゐるが、こんな光景は珍しい。

パタ屋には、けふも学生の集団が研修会かなんかで集まってゐる。良いことだ。とても良いことだ。
けふの厨房で昼飯を拵えてゐる青年は、もとはカナダで料理屋をやってゐた、といふ。最近 家族で向津具に住み着き、暮らしを始めたのださうな。さういふ移住者同士のコミュニティにも、パタ屋は一役買ってゐる。
良いことだ。とても良いことだ。

皆に見送られて長門を出発。今夜は広島で月例ラウンジ演奏。
一旦家に帰る時間が取れるやうに広島を目指し、途中一回昼寝休憩を入れ、夕方前には自宅へ。着替えて、また出発。我らのことながら、よく動く二人である。

月例、とは云へ先月はスケヂュールが合わず流れたので、二ヶ月ぶりのオリエンタルホテル。
ラウンヂ体制からビュフェ体制に変わり、よぅやく営業が落ち着いて来た感はある。さうなれば「演り手側の演り方」も決まってきて、そこを楽しむ余裕もできた。
もともと、それほど演りやすい現場、といふ訳でもなかったので(笑)。

体制が変わった時に辞めていった出演者も多い。が、まぁ、望む形 望まぬ形はさておき、これはワシらにとっては「仕事」であり、与えられた場でベストを尽くすが当たり前。さぅ、船が沈むまで演奏を続けたあの楽団のメンバーのやうに。

『もぅやめよう、誰も聴いちゃいない』
『もともと誰も聴いちゃいなかったろ?。演ってる方が身体もあったまるさ』

世の中、正論だけで成り立ってゐる訳ではない。

12月10日(月)---------

ここ数日 珍しく忙しかったのだが、けふは久しぶりに休み。
練習して、買い物して、ちょっとトレーニングして、映画を見て、読書して、料理を作る。

12月11日(火)--------

生徒がひとり、退会す。

インストラクターといふ稼業を続けてゐると、どーしても「別れ」に慣れてしまふ。
ひとはいづれ去るもの、との達観が身について久しい。
以前にも書いたやうに、キチンと挨拶をして去って行く生徒ばかりではなく、むしろ近年さうでない場合の方が圧倒的に多い。これも以前書いたが、「お世話になりました」の言葉もなくフツーに帰って行くのはまだいい方で、なんとなく来なくなり、あとになって「あれが最後のレッスンだった」といふパタンが大多数だ。まぁそもそも「来なくなる」てぇ時点で本人が「来たくなくなって」るんだから、最後も来んわな・・・。

けふの生徒は転居を機に退会するケース。
最後は涙ぐみながら「お世話になりました」と。かういふ場合、こちらがかけてやれる言葉は一つであり、それが面と向かって云へることは、切ないけれど嬉しいものだ。

達者で暮らせよ。いざ、さらば。

12月12日(水)---------

向原へ出張レッスン→広島市内でレッスン。
けの生徒はは全員が女性で、しかも全員がヴォイトレ。かういふ日も珍しい。

その後、ぱんぱかトリオのリハ。
このバンドは、12月20日が今年最後のライヴとなるのだが、いょいょその日、永らく眠ってゐた「あをぞう(Zo-3ベース)」を復活させてみることにす。

こたび黒瀬町は串小屋にてメンテを受け、また新たなペイントも施し、より一層莫迦莫迦しい楽器となったあをぞう。これを使ふ、といふと『え?せぃぜぃ1〜2曲だらう?』と人は云ふ。だが、かつてワシははこれ一本で「子象に乗って」といふソロ旅までしたのだ。ヴァネッサをメンテに出してゐる間は、セッションもこれで乗り切ったこともある。
今回もリハで弾いてみるに、なんら悪いところのない・・・むしろ良いところばかりが目立つかんぢで、リハが終わってもしばらく弾いてゐた。

よーし。久々にあをぞうでフル・ステージ演り切る。
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12月13日(木)--------

「大西洋漂流76日」読了。

驚いた、といふか、考へれば当然、とも云へるのだが、遭難して漂流してゐる人間を発見したものが、それを認識できるかどーかはまた別、といふ事実。ましてや言葉が通じない国の人間と遭遇したとしてら、自分が遭難して何日も漂流して死にかけてゐる、といふ事を理解してもらふだけでも難しい、といふことだ。

この本の著者は、漂流中 何隻もの船舶に見過ごされ、結局自力で人間の住んでゐる島に辿り着くのだが、発見してくれたのは言葉の通じない国の漁師で、「あなたはこんなところで何をしてゐるのか?」と問はれるのだ。そして救助を求めるも『漁が終わるまで待て』と云はれるのである。

知らない、といふことは、何をもたらすかわからぬのだ。

君が唄い また笑うのを聞いてゐやう

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12月1日(土)独弾solo 黒瀬町 さろん・ド串小屋 -------

ひっさしぶりの串小屋ライヴ。
道路拡張による店舗の移転、豪雨による災害、そして店長尾窪さんの大病を乗り越えて、ぢつに3年ぶりである。旧店舗のこけら落としとシメのライヴを担当させていただき、こたびまた新店舗一発目のライヴ、といふ事で、その光栄を胸に秘め。

「極力、音響設備なしで」とのことで、全編生ギター弾き語りも考へたのだが、まぁ串小屋と云へばベース弾き語り、なので、声の音量に合わせたバランスで、ベースアンプのみ補佐的に使い、声は生で演ることにす。
新店舗の広さとうまく寄り合い、いっぱいに入ったお客さんすべてに生の声が届いたかんぢで、たいへん良いライヴが出来た。馴染みの人もいっぱい来てくれ、リラックスした状態で演れた、素晴らしいライヴとなった。

3年ぶりの串小屋ライヴ、といふ事もあってか、終演後もほとんどのお客さんが残り、打ち上げに参加してくれたのも楽しい。なんやいつまでも話が尽きず、気づけば日付も超えており、「こんな事も珍しい」と云はれながら帰るお客さんを見送り、ワシはスタヂヲの片隅を借りて、宿泊。
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12月2日(日)--------

わりと酔いが残る黒瀬の朝。
10時ぐらいまでスタヂヲで横にならせてもらひ、帰り始める。
二日酔いに効く、といふラムネ菓子をほぉばりながら・・。

帰宅後、シャワーを浴びてスグ、しーシュのリハに出かける。年末にかけていくつかのイベントや企画が入っており、それぞれに対応するための選曲も。この時期にしか演らないクリスマスの唄などを、思ひ起こしては演る。

その後は河岸を変え、Far east lounge の、なんと結成20年以上にしてよぅやく2回目のリハ。
今週木曜、何年ぶりかのワンマンライヴに向けて、の選曲&憶ひ出し。こと音楽に関しては「人間メモリースティック」と自他共に認めるワシですら、もぅだいぶ忘れてゐる曲もあり、演らんとダメだな、と改めて思ふ。

リハ後は、このメンバーで揃ったこと自体がなん年ぶりか、なので、みんなでメシを喰ひに行く。メンバーの半分が酒を飲まなくなっており、やはり流石に高齢バンド(ワシが最年少)だな、と(笑)。
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12月3日(月)---------

スティーヴ・キャラハン著「大西洋 漂流76日」を読み始める。
なぜか数年に一度くらいのペェスで、かういふ「生還もの」「サバイバルもの」文学を読む傾向がある。こはひとえに、文学への最初の目覚めが「ロビンソン・クルーソー」であったことが大きいのではないか、と。

フランス人医師 アラン・ボンバールが、自らの信念(人間が海の遭難で死ぬのは自らの恐怖心からであり、しかるべき手立てを遂行すれば、極限状態でも生き延びることができる、といふ理論をもとに、実際にゴムボートで「漂流」を実行。見事に成し遂げ、多くの船人に勇気と希望を与えた)を実証すべく挑戦した漂流実験航海を記した書を、むか〜〜〜し読んだ記憶があり、また読みたいと思ったのだが、今捜すとプレミヤかなんなのか¥40000とかいふ値がついてゐて驚愕。

あとね、幼い子どもを含む家族5人で、38日間の漂流を経験した、ドゥーガル・ロバートソンの手記とか、読んだねぇ。
父親としての使命感や、船長としての責任感でグループを牽引し、シイラや亀を捕らえ、襲って来たサメすら返り討ちにして喰ふシーンなんぞ、子供心にもすごいなぁと思った記憶がある。

12月4日(火)--------

気温高く、雨と風強し。
夏のやうな気候である。

世界が変わりつつあるやうに思へてならない。
崩壊がそんなに分かりやすい形で来るとは思っておらぬが、もしかして自分が生きてるうちに、はっきりとこれまでの世界の成り立ちが終わってしまふ、といふ事が起きるかもしれない、といふ気持ちはある。

どぅ考へても、あと100年、この人類の繁栄が続くとは思えない。としたら、崩壊はもぅ始まってゐる、と考へるのが筋といふものだらう。緩やかな滅びの途上にある、といふ可能性に気づいてゐるからこそ、人類は性懲りもない歴史を繰り返さうとしてゐるのではないか?。

追いすがる人の眼に映るもの
声にならない祈り
その時、世界は確実に終わりを告げてゐたが
たれひとり その事に気づかなかった


12月5日(水)--------

今さら、のやうにDVDで映画「タイタニック」を見てゐる。
以前から、この映画の主人公ふたりには全く共感が持てぬのだが、他の登場人物はたいへん個性豊かに興味深く描かれてゐて、史実(実在人物)と照らし合わせながら見てゐると、色々とオモロい。

「不沈のモリー」こと モリー・ブラウンのその後の人生や、船が沈むまで演奏を続けたことで有名なヲレス・ハートリィ率いる楽団、最後まで紳士的行動で女性や子供を避難させた豪族もゐれば、要職についてゐながら真っ先に救命ボートに乗り込んだ人物、など、調べて行けばわかる事実もあり、興味深い。

いづれも、監督 ジェームズ・キャメロンの綿密な調査によるシナリオが、改めてよく出来てゐる、としか云ひようがない。今の時代にあってはチャチに思へるCGはご愛嬌だが、実寸の船まで作った情熱には、流石にアタマが下がる。

さう云へばこのタイタニック号、かの細野晴臣氏の祖父が乗っておられた、のは一部で知られた話だ。映画ではクローズアップされておらぬが、「それらしき東洋人」が映るシーンはある。

12月6日(木)Far east lounge @ジュゲム --------

こないだのリハの成果や如何に!?
のFar east lounge 3年ぶりのワンマン・ライヴ本番。

会場のジュゲムは、むかし二度ほどソロで出演した事がある。いづれも良いライヴが出来ており、印象の良いハコ。名物ママのルーシーさんも元気さう。広いとは云へぬ店内だが、この4人で演るにはちょうど良いかんぢだな。

久しぶりの4人揃ってライヴは、流石に随所が噛み合わなんだのは否めぬが、このユニット特有の強靭なグルーヴは相変わらず。ルーシーさんも『広島の奇才4人衆』と絶賛。お客さんも楽しんでくれたやうでよかった。もっと頻繁にライヴやろーぜカシラよ。

このFar east lounge もしーシュが丸ごと含まれたユニットの一つではあるが、ここに関してはワシはバンド以前からのカシラの相方で、しーなさんは最後に参加した4人目のメンバー。
彼女の加入までは、労働者系の男3人による、今にして思へば恐ろしくマッチョでソリッドな荒ぶるバンドだった。ワンマン・ライヴではワシ主導で「即興コーナー」なども演ってゐて、お客さんを宇宙の果てに置き去りにしてゐたものだ。

そこにピヤノによる煌びやかなトーンと、女性の華やかさ妖艶さが加わった事で、づいぶんバンドの印象も変わったのではないか、と思ふ。加わるべくして加わった4人目、と云へる。ステージ上ではフロントマン(カシラ)に容赦ないツッコミを入れるニッチとしても、しーなさんは適任。
far east

カシラはこのユニットでのツアーも考へてゐるさうで、実現するものかどーか、て所だが、さうなると「しーシュ」「ぱんぱか」「Far east 」「ソロ」とそれぞれ旅をする事になり、ますます『真の旅人:音のトラベラー』として残半生を活くる事ができるやもしれん。

さうあらむ。

住めば都の大都会

11月23日(金/祝)--------

夕方広島に着く飛行機に乗って、すっかり寝こけてゐると「ドガン!」と着陸。
空港から市内に向かうバスが事故渋滞にて遅れてゐる。けふはレッスンを入れてゐて、一旦帰宅してゐると間に合わぬので、空港から直接スタヂヲへ向かう。

生徒さんもよく分かってくれており、「今帰って来たんでしょ?」と。
レッスン後は家までの送りも申し出てくれ、ホンマに助かった。良き生徒たちばかりで幸せなセンセイである。

11月24日(土)薬研堀夜市第10回スペシァル版 --------

しーシュ地元隔月企画 薬研堀夜市。
10回目を迎え、初めてのゲストを招いての企画とす。記念すべき初ゲストは、三次のナイスミドル・トリオ竹弦教

・・・が!
竹弦教の「教」、パーカッションのNoriさんが、直前の怪我により出演が不可能に。
竹弦とワシらをつなぎ、真っ先にコラボを提案し、前回の三次でのコンサートとけふの企画を、たれよりも楽しみにしてゐたのがNoriさんだけに、もぅかける言葉もないくらいお気の毒である。

まぁ、全快の暁にはしっかり仕切り直すぞ!との思ひも込めて、けふはNoriさんの分まで、と皆で決意。

Micaちゃんといふコーラスをサポートに迎え、竹弦はウチが霞むくらいの勢いで演ってくれた。その甲斐もあり、たいへん素晴らしいライヴとなった。久しぶりにjiveが満席。ケンソーさんの爆笑MCも冴え、またしーシュとのコラボも前回を上回る出来で、三次での手厚いもてなしのお礼が返せたかな、といふ気はしてゐる。
ま、ホンマに、Noriさん快癒には改めて、もっと派手に演りませう。
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打ち上げでもケンソーさんの爆笑トークはさらに勢いを増し、もぅ腹が痛いくらい笑った。ワシら正直 旅帰りすぐ、で疲労困憊。明日もちょいと諸用ありてやむなく2時には退散したのだが、どーやら彼らはその後さらに明け方くらいまで、流川を彷徨ってゐたやうだ(笑)。元気だなー。

11月25日(日)--------

我らの北海道や東北、北関東部のツアーをコーディネイトしてくれてゐる 佐藤さつきさん。
現在、北関東に在住の彼女、今年で本土を引き上げて北海道に帰郷なさるらしい。その前にぜひ地元でのしーシュを見たい、と昨日の薬研堀夜市を訪ねて来てくれた。

いつもホンマに並々ならぬお世話になってゐるワシら。
けふはそのお礼も兼ねて、さつきさんの広島観光をワシらがコーディネート。原爆ドーム→平和公園→広島平和記念資料館→宮島、といふ黄金コースを巡り、お好み焼き、あなご飯、各種牡蠣料理、などを召し上がっていただく。

いつもお世話になってゐるのの半分にも満たぬやうなお返しだが、さつきさんが広島を気に入ってくれたら嬉しい。
秋空深く晴れわたり、絶好の観光日和でもあった。
深まりゆく秋の、奇跡のやうに美しい壱日であった。
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11月26日(月)さとしとシュウ:はじめてのお使い その二 --------

我ながら忙しいことにけふもライヴ。
売れっ子ドラマー石井聡至との超フォークデュオ「さとしとシュウ」の1年半ぶり2回目のライヴ。
一部好事家にたいへん好評で、再演を求む声も高かったデュオ。いかんせん二人のスケヂュールが合わず、突貫的に朝リハを入れ、本番に臨む。会場は十日市のショットバー「フラミンゴ」。

前回はガットギター1本で通したワシ。今回はバリトンとの二刀流をマイクロアンプで補佐的に増音。サトシはちーさなドラムセットをブラシで演奏。ふたりとも歌はナマ声で。

前回は1曲だけ歌ったサトシも、今回は3曲リードヴォーカルを取り、コーラスにも積極的に参加。サトシが歌うたびに会場は大ウケであり、いいなぁ、と(笑)。ワシも声の調子が良く、気持ちよく歌えた。
フラミンゴは、ガラス、コンクリ、木材のバランスが絶妙らしく、生声がとても良いかんぢに響く。ソロでも演ってみたいなぁ、と思はしむる会場。
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客席はミュージシャンが半分くらいだったが(笑)、皆楽しんでくれたやうで良かった。
みんなありがとう。サトシにもお疲れさま。

そのあと、ツイデなのでギターと機材をスタヂヲに仕舞いに行ったのだが、生声で3ステージ歌い、2本のギターと、ちぃさい物とは云へアンプを抱えて5階までの階段を登るのは、流石にシンドかった。さういふ年齢になったのだ。

11月27日(火)--------

我ながら忙しいことに、朝から諸用ありて、車で広島市内〜廿日市〜五日市を彷徨。
どっかで安い定食でも・・と思ふが、一旦帰宅してカレー味のチャーハンを作って喰ふ。多分こっちの方が美味い。

夕方からレッスン。その後ぱんぱかトリオのリハ。
12月のKOBAでのライヴではいょいょ「あをぞう( Zo-3ベース)」を使ってみるかな。

11月28日(水)-------

我ながらよく動くことに、向原への出張レッスン。
今月は旅が多かったわりにはレッスンも多く、まぁまぁな仕事量なのではないか、と。

時間に追われるやうに30分単位のレッスンを回してゐた頃に比ぶれば、ひとりひとりに十分な時間と余裕をかけてレッスンができる今の方が、効率よく働けてゐると思ふ。いかにあの頃、大手機構の「薄利多売」のセオリーに巻き込まれてしまってゐたか、である。仕事量は今よりはるかに多かったにも関わらず、全然稼げてなかった30代。
あな おそろしや。

11月29日(木)--------

よーやく通常の生活ペースに・・。
楽器の練習をし、ロードワークで汗をかき、久しぶりに作曲にも没頭す。
ちょいと前から、これも久しぶりにインストゥルメンタルの曲を書きたいな、と思ってゐて、けふはそれにトライ。

インストの曲は歌詞にウェイトを取られぬぶん、アイディア先行で創作を進めて行けるメリットがある。
ギター、ベース、鍵盤、ループを交互に使いながら五線譜を埋めて行き、約2時間でなん年ぶりかのインスト曲が完成。まだタイトルもなく、どう演奏するかも未定だが、まぁとにかくまた壱曲、書けた。

11月30日(金)--------

最近、もっとも気に入ってゐるミュージシャンに、ムニール・ホッスン(Munir hossn)といふのがおる。ブラジリアン。

アルフレッド・ロドリゲス(pf)のトリオにゐる人物で、基本ベース弾きなのだが、ギターも超絶に上手い。てゆーか、ギタリストとして活動してゐる局面の方が多い人なのかな?。ライヴではいつもギターをスタンドに装着して、肩からぶら下げてるベースと交互に、あるいは同時に弾いたりして、イラっとするくらいせわしないフレーズを連発して来る。

合ってるやうな合ってないやうな鼻歌を口ずさみながら弾く、生まれ落ちた時からの「陽性」を感じさせる音楽家だ。

同じやうなマルチなアーティストに、アルゼンチンのペドロ・アズナールが居り、これは逆に天性の「気品」を感じさせ、あくまでもクールに流麗な演奏を聴かせる。
いづれにせよ、イヤんなるくらい上手く、その音楽性も素晴らしい。

しかしまー、南米の音楽家の、どんだけ?と思ふほどのレヴェルの高さよ。
なにをどーすればこのやうな音楽家が育つのか?。育つ土壌が出来上がるのか?。
少なくともなんとかスクールとかなんぢゃら養成所、のやうなところに親の金で行って同い年くらいの仲間と遊びながら発表会のステージをこなして・・の末に生まれるものではないだらうことは確かだ。

まぁ南米、と一括りにするには、デカすぎるんだけどね。
プロフィール

梶山シュウ

Author:梶山シュウ
旅するのらくら電気ベース弾き語りスト。
おもに、えせニック歌謡デュオ「しーなとシュウ」で活躍。
500年生きてゐる、といふ噂もある。

音楽と映画と本、少しの酒とツマミ、たっぷりの空き時間 をこよなく愛する中年男。

https://kajiyamashu.com/

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