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最後だけは立派だったと伝えてほしい

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12月7日(金)--------

明日の長門は向津具でのライヴのために前入りする日。
しーなさんは出発ギリギリまで仕事に追われてゐて、ワシは長門滞在中の必要なあれこれの買い出しを担当す。

夕方、広島を出発。初冬の日暮れは早く、あっといふ間に真っ暗に。
高速道路走行中はまだしも、一旦長門市に入り、向津具までの道を走り始めると、周囲は一気に原初の闇の中。
通り過ぎてるのが、森の中なのか田んぼのあぜ道なのか海っぱたなのか、目視は不可能。ヘッドライトが照らす範囲内だけが現存する世界(笑)。

投宿先の「パタ屋」が闇の中に浮かび上がった時には、毎度心底安堵するのだ。

そのパタ屋。今夜は地元青年会の会合が開かれてゐる。来年計画されてゐる「棚田祭り」の目玉商品になる「ムカツクにぎり(地元米と地元具を使ったおにぎり)」の試食会らしく、我らもその相伴にあずかる。とてもおぃしぃ。

ここ数年で若年層の移住者も増えたさうだ。またそれぞれが持ったスキルを持ち寄る場所に、どーやらパタ屋が役立ってゐるらしく、良いことだ、と強く思ふ。

12月8日(土)しーなとシュウのクリスマス・コンサート@長門市向津具 旧文洋小学校 ------

昼前には、いつも長門での音響を務めてくれる地元の仲間 ヤっちゃんが来る。

ヤっちゃんと共に機材を積み込み、会場へ移動。
会場の旧文洋小学校は2006年の国民文化祭山口の長門地区会場でもあった。その頃のワシはZEKUといふユニットの一員として、長門地区の音楽イベントに一年以上にわたって深く関わり、その総決算となるイベントがここ文洋小学校で行われたのだ。

あの時ワシは、主催者に「(縁を)これで終わりにしてほしくない」旨を伝えた。
その願いは通じ、あれから16年経ったいまも、かうしてここに帰って来て、歌うことができる。幸せ者だワシは。
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娯楽のない地域の人々に、クリスマス前の楽しみを届けるのが、けふの仕事。
カヴァー8割で構成し、楽しんでもらへるやうに頑張った。・・が、前の方に大声で喋る一団がおり、これらに気を削がれてやれんかった。他のお客さんも明らかに気にしてをり、申し訳なかった。

修行が足らんな、ワシは・・・。

終演後は、地元のおばちゃん(おばーちゃん)らの拵えてくれたおでんやぜんざいなども振舞っていただき、この人たちの愉しみに少しでも力が貸せたのなら嬉しい。是非また参加させていただきたい、長門は向津具のあたたかなイベントであった。

ところで、上述のおばちゃん達。
ワシらが機材の積み込みをしてゐる側を、「おつかれさま〜」と帰って行ったが、外は先述したやうな原初の闇。
どこに帰ってゆくのだ!?。

12月9日(日)らうんじしーシュ@オリエンタルホテル広島 --------

昨日から全国的に冷え込んでゐるらしひ。
長門も例外ではなく、外を見ると雪が降ってゐる。づいぶん長門に来てゐるが、こんな光景は珍しい。

パタ屋には、けふも学生の集団が研修会かなんかで集まってゐる。良いことだ。とても良いことだ。
けふの厨房で昼飯を拵えてゐる青年は、もとはカナダで料理屋をやってゐた、といふ。最近 家族で向津具に住み着き、暮らしを始めたのださうな。さういふ移住者同士のコミュニティにも、パタ屋は一役買ってゐる。
良いことだ。とても良いことだ。

皆に見送られて長門を出発。今夜は広島で月例ラウンジ演奏。
一旦家に帰る時間が取れるやうに広島を目指し、途中一回昼寝休憩を入れ、夕方前には自宅へ。着替えて、また出発。我らのことながら、よく動く二人である。

月例、とは云へ先月はスケヂュールが合わず流れたので、二ヶ月ぶりのオリエンタルホテル。
ラウンヂ体制からビュフェ体制に変わり、よぅやく営業が落ち着いて来た感はある。さうなれば「演り手側の演り方」も決まってきて、そこを楽しむ余裕もできた。
もともと、それほど演りやすい現場、といふ訳でもなかったので(笑)。

体制が変わった時に辞めていった出演者も多い。が、まぁ、望む形 望まぬ形はさておき、これはワシらにとっては「仕事」であり、与えられた場でベストを尽くすが当たり前。さぅ、船が沈むまで演奏を続けたあの楽団のメンバーのやうに。

『もぅやめよう、誰も聴いちゃいない』
『もともと誰も聴いちゃいなかったろ?。演ってる方が身体もあったまるさ』

世の中、正論だけで成り立ってゐる訳ではない。

12月10日(月)---------

ここ数日 珍しく忙しかったのだが、けふは久しぶりに休み。
練習して、買い物して、ちょっとトレーニングして、映画を見て、読書して、料理を作る。

12月11日(火)--------

生徒がひとり、退会す。

インストラクターといふ稼業を続けてゐると、どーしても「別れ」に慣れてしまふ。
ひとはいづれ去るもの、との達観が身について久しい。
以前にも書いたやうに、キチンと挨拶をして去って行く生徒ばかりではなく、むしろ近年さうでない場合の方が圧倒的に多い。これも以前書いたが、「お世話になりました」の言葉もなくフツーに帰って行くのはまだいい方で、なんとなく来なくなり、あとになって「あれが最後のレッスンだった」といふパタンが大多数だ。まぁそもそも「来なくなる」てぇ時点で本人が「来たくなくなって」るんだから、最後も来んわな・・・。

けふの生徒は転居を機に退会するケース。
最後は涙ぐみながら「お世話になりました」と。かういふ場合、こちらがかけてやれる言葉は一つであり、それが面と向かって云へることは、切ないけれど嬉しいものだ。

達者で暮らせよ。いざ、さらば。

12月12日(水)---------

向原へ出張レッスン→広島市内でレッスン。
けの生徒はは全員が女性で、しかも全員がヴォイトレ。かういふ日も珍しい。

その後、ぱんぱかトリオのリハ。
このバンドは、12月20日が今年最後のライヴとなるのだが、いょいょその日、永らく眠ってゐた「あをぞう(Zo-3ベース)」を復活させてみることにす。

こたび黒瀬町は串小屋にてメンテを受け、また新たなペイントも施し、より一層莫迦莫迦しい楽器となったあをぞう。これを使ふ、といふと『え?せぃぜぃ1〜2曲だらう?』と人は云ふ。だが、かつてワシははこれ一本で「子象に乗って」といふソロ旅までしたのだ。ヴァネッサをメンテに出してゐる間は、セッションもこれで乗り切ったこともある。
今回もリハで弾いてみるに、なんら悪いところのない・・・むしろ良いところばかりが目立つかんぢで、リハが終わってもしばらく弾いてゐた。

よーし。久々にあをぞうでフル・ステージ演り切る。
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12月13日(木)--------

「大西洋漂流76日」読了。

驚いた、といふか、考へれば当然、とも云へるのだが、遭難して漂流してゐる人間を発見したものが、それを認識できるかどーかはまた別、といふ事実。ましてや言葉が通じない国の人間と遭遇したとしてら、自分が遭難して何日も漂流して死にかけてゐる、といふ事を理解してもらふだけでも難しい、といふことだ。

この本の著者は、漂流中 何隻もの船舶に見過ごされ、結局自力で人間の住んでゐる島に辿り着くのだが、発見してくれたのは言葉の通じない国の漁師で、「あなたはこんなところで何をしてゐるのか?」と問はれるのだ。そして救助を求めるも『漁が終わるまで待て』と云はれるのである。

知らない、といふことは、何をもたらすかわからぬのだ。
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君が唄い また笑うのを聞いてゐやう

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12月1日(土)独弾solo 黒瀬町 さろん・ド串小屋 -------

ひっさしぶりの串小屋ライヴ。
道路拡張による店舗の移転、豪雨による災害、そして店長尾窪さんの大病を乗り越えて、ぢつに3年ぶりである。旧店舗のこけら落としとシメのライヴを担当させていただき、こたびまた新店舗一発目のライヴ、といふ事で、その光栄を胸に秘め。

「極力、音響設備なしで」とのことで、全編生ギター弾き語りも考へたのだが、まぁ串小屋と云へばベース弾き語り、なので、声の音量に合わせたバランスで、ベースアンプのみ補佐的に使い、声は生で演ることにす。
新店舗の広さとうまく寄り合い、いっぱいに入ったお客さんすべてに生の声が届いたかんぢで、たいへん良いライヴが出来た。馴染みの人もいっぱい来てくれ、リラックスした状態で演れた、素晴らしいライヴとなった。

3年ぶりの串小屋ライヴ、といふ事もあってか、終演後もほとんどのお客さんが残り、打ち上げに参加してくれたのも楽しい。なんやいつまでも話が尽きず、気づけば日付も超えており、「こんな事も珍しい」と云はれながら帰るお客さんを見送り、ワシはスタヂヲの片隅を借りて、宿泊。
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12月2日(日)--------

わりと酔いが残る黒瀬の朝。
10時ぐらいまでスタヂヲで横にならせてもらひ、帰り始める。
二日酔いに効く、といふラムネ菓子をほぉばりながら・・。

帰宅後、シャワーを浴びてスグ、しーシュのリハに出かける。年末にかけていくつかのイベントや企画が入っており、それぞれに対応するための選曲も。この時期にしか演らないクリスマスの唄などを、思ひ起こしては演る。

その後は河岸を変え、Far east lounge の、なんと結成20年以上にしてよぅやく2回目のリハ。
今週木曜、何年ぶりかのワンマンライヴに向けて、の選曲&憶ひ出し。こと音楽に関しては「人間メモリースティック」と自他共に認めるワシですら、もぅだいぶ忘れてゐる曲もあり、演らんとダメだな、と改めて思ふ。

リハ後は、このメンバーで揃ったこと自体がなん年ぶりか、なので、みんなでメシを喰ひに行く。メンバーの半分が酒を飲まなくなっており、やはり流石に高齢バンド(ワシが最年少)だな、と(笑)。
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12月3日(月)---------

スティーヴ・キャラハン著「大西洋 漂流76日」を読み始める。
なぜか数年に一度くらいのペェスで、かういふ「生還もの」「サバイバルもの」文学を読む傾向がある。こはひとえに、文学への最初の目覚めが「ロビンソン・クルーソー」であったことが大きいのではないか、と。

フランス人医師 アラン・ボンバールが、自らの信念(人間が海の遭難で死ぬのは自らの恐怖心からであり、しかるべき手立てを遂行すれば、極限状態でも生き延びることができる、といふ理論をもとに、実際にゴムボートで「漂流」を実行。見事に成し遂げ、多くの船人に勇気と希望を与えた)を実証すべく挑戦した漂流実験航海を記した書を、むか〜〜〜し読んだ記憶があり、また読みたいと思ったのだが、今捜すとプレミヤかなんなのか¥40000とかいふ値がついてゐて驚愕。

あとね、幼い子どもを含む家族5人で、38日間の漂流を経験した、ドゥーガル・ロバートソンの手記とか、読んだねぇ。
父親としての使命感や、船長としての責任感でグループを牽引し、シイラや亀を捕らえ、襲って来たサメすら返り討ちにして喰ふシーンなんぞ、子供心にもすごいなぁと思った記憶がある。

12月4日(火)--------

気温高く、雨と風強し。
夏のやうな気候である。

世界が変わりつつあるやうに思へてならない。
崩壊がそんなに分かりやすい形で来るとは思っておらぬが、もしかして自分が生きてるうちに、はっきりとこれまでの世界の成り立ちが終わってしまふ、といふ事が起きるかもしれない、といふ気持ちはある。

どぅ考へても、あと100年、この人類の繁栄が続くとは思えない。としたら、崩壊はもぅ始まってゐる、と考へるのが筋といふものだらう。緩やかな滅びの途上にある、といふ可能性に気づいてゐるからこそ、人類は性懲りもない歴史を繰り返さうとしてゐるのではないか?。

追いすがる人の眼に映るもの
声にならない祈り
その時、世界は確実に終わりを告げてゐたが
たれひとり その事に気づかなかった


12月5日(水)--------

今さら、のやうにDVDで映画「タイタニック」を見てゐる。
以前から、この映画の主人公ふたりには全く共感が持てぬのだが、他の登場人物はたいへん個性豊かに興味深く描かれてゐて、史実(実在人物)と照らし合わせながら見てゐると、色々とオモロい。

「不沈のモリー」こと モリー・ブラウンのその後の人生や、船が沈むまで演奏を続けたことで有名なヲレス・ハートリィ率いる楽団、最後まで紳士的行動で女性や子供を避難させた豪族もゐれば、要職についてゐながら真っ先に救命ボートに乗り込んだ人物、など、調べて行けばわかる事実もあり、興味深い。

いづれも、監督 ジェームズ・キャメロンの綿密な調査によるシナリオが、改めてよく出来てゐる、としか云ひようがない。今の時代にあってはチャチに思へるCGはご愛嬌だが、実寸の船まで作った情熱には、流石にアタマが下がる。

さう云へばこのタイタニック号、かの細野晴臣氏の祖父が乗っておられた、のは一部で知られた話だ。映画ではクローズアップされておらぬが、「それらしき東洋人」が映るシーンはある。

12月6日(木)Far east lounge @ジュゲム --------

こないだのリハの成果や如何に!?
のFar east lounge 3年ぶりのワンマン・ライヴ本番。

会場のジュゲムは、むかし二度ほどソロで出演した事がある。いづれも良いライヴが出来ており、印象の良いハコ。名物ママのルーシーさんも元気さう。広いとは云へぬ店内だが、この4人で演るにはちょうど良いかんぢだな。

久しぶりの4人揃ってライヴは、流石に随所が噛み合わなんだのは否めぬが、このユニット特有の強靭なグルーヴは相変わらず。ルーシーさんも『広島の奇才4人衆』と絶賛。お客さんも楽しんでくれたやうでよかった。もっと頻繁にライヴやろーぜカシラよ。

このFar east lounge もしーシュが丸ごと含まれたユニットの一つではあるが、ここに関してはワシはバンド以前からのカシラの相方で、しーなさんは最後に参加した4人目のメンバー。
彼女の加入までは、労働者系の男3人による、今にして思へば恐ろしくマッチョでソリッドな荒ぶるバンドだった。ワンマン・ライヴではワシ主導で「即興コーナー」なども演ってゐて、お客さんを宇宙の果てに置き去りにしてゐたものだ。

そこにピヤノによる煌びやかなトーンと、女性の華やかさ妖艶さが加わった事で、づいぶんバンドの印象も変わったのではないか、と思ふ。加わるべくして加わった4人目、と云へる。ステージ上ではフロントマン(カシラ)に容赦ないツッコミを入れるニッチとしても、しーなさんは適任。
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カシラはこのユニットでのツアーも考へてゐるさうで、実現するものかどーか、て所だが、さうなると「しーシュ」「ぱんぱか」「Far east 」「ソロ」とそれぞれ旅をする事になり、ますます『真の旅人:音のトラベラー』として残半生を活くる事ができるやもしれん。

さうあらむ。

住めば都の大都会

11月23日(金/祝)--------

夕方広島に着く飛行機に乗って、すっかり寝こけてゐると「ドガン!」と着陸。
空港から市内に向かうバスが事故渋滞にて遅れてゐる。けふはレッスンを入れてゐて、一旦帰宅してゐると間に合わぬので、空港から直接スタヂヲへ向かう。

生徒さんもよく分かってくれており、「今帰って来たんでしょ?」と。
レッスン後は家までの送りも申し出てくれ、ホンマに助かった。良き生徒たちばかりで幸せなセンセイである。

11月24日(土)薬研堀夜市第10回スペシァル版 --------

しーシュ地元隔月企画 薬研堀夜市。
10回目を迎え、初めてのゲストを招いての企画とす。記念すべき初ゲストは、三次のナイスミドル・トリオ竹弦教

・・・が!
竹弦教の「教」、パーカッションのNoriさんが、直前の怪我により出演が不可能に。
竹弦とワシらをつなぎ、真っ先にコラボを提案し、前回の三次でのコンサートとけふの企画を、たれよりも楽しみにしてゐたのがNoriさんだけに、もぅかける言葉もないくらいお気の毒である。

まぁ、全快の暁にはしっかり仕切り直すぞ!との思ひも込めて、けふはNoriさんの分まで、と皆で決意。

Micaちゃんといふコーラスをサポートに迎え、竹弦はウチが霞むくらいの勢いで演ってくれた。その甲斐もあり、たいへん素晴らしいライヴとなった。久しぶりにjiveが満席。ケンソーさんの爆笑MCも冴え、またしーシュとのコラボも前回を上回る出来で、三次での手厚いもてなしのお礼が返せたかな、といふ気はしてゐる。
ま、ホンマに、Noriさん快癒には改めて、もっと派手に演りませう。
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打ち上げでもケンソーさんの爆笑トークはさらに勢いを増し、もぅ腹が痛いくらい笑った。ワシら正直 旅帰りすぐ、で疲労困憊。明日もちょいと諸用ありてやむなく2時には退散したのだが、どーやら彼らはその後さらに明け方くらいまで、流川を彷徨ってゐたやうだ(笑)。元気だなー。

11月25日(日)--------

我らの北海道や東北、北関東部のツアーをコーディネイトしてくれてゐる 佐藤さつきさん。
現在、北関東に在住の彼女、今年で本土を引き上げて北海道に帰郷なさるらしい。その前にぜひ地元でのしーシュを見たい、と昨日の薬研堀夜市を訪ねて来てくれた。

いつもホンマに並々ならぬお世話になってゐるワシら。
けふはそのお礼も兼ねて、さつきさんの広島観光をワシらがコーディネート。原爆ドーム→平和公園→広島平和記念資料館→宮島、といふ黄金コースを巡り、お好み焼き、あなご飯、各種牡蠣料理、などを召し上がっていただく。

いつもお世話になってゐるのの半分にも満たぬやうなお返しだが、さつきさんが広島を気に入ってくれたら嬉しい。
秋空深く晴れわたり、絶好の観光日和でもあった。
深まりゆく秋の、奇跡のやうに美しい壱日であった。
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11月26日(月)さとしとシュウ:はじめてのお使い その二 --------

我ながら忙しいことにけふもライヴ。
売れっ子ドラマー石井聡至との超フォークデュオ「さとしとシュウ」の1年半ぶり2回目のライヴ。
一部好事家にたいへん好評で、再演を求む声も高かったデュオ。いかんせん二人のスケヂュールが合わず、突貫的に朝リハを入れ、本番に臨む。会場は十日市のショットバー「フラミンゴ」。

前回はガットギター1本で通したワシ。今回はバリトンとの二刀流をマイクロアンプで補佐的に増音。サトシはちーさなドラムセットをブラシで演奏。ふたりとも歌はナマ声で。

前回は1曲だけ歌ったサトシも、今回は3曲リードヴォーカルを取り、コーラスにも積極的に参加。サトシが歌うたびに会場は大ウケであり、いいなぁ、と(笑)。ワシも声の調子が良く、気持ちよく歌えた。
フラミンゴは、ガラス、コンクリ、木材のバランスが絶妙らしく、生声がとても良いかんぢに響く。ソロでも演ってみたいなぁ、と思はしむる会場。
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客席はミュージシャンが半分くらいだったが(笑)、皆楽しんでくれたやうで良かった。
みんなありがとう。サトシにもお疲れさま。

そのあと、ツイデなのでギターと機材をスタヂヲに仕舞いに行ったのだが、生声で3ステージ歌い、2本のギターと、ちぃさい物とは云へアンプを抱えて5階までの階段を登るのは、流石にシンドかった。さういふ年齢になったのだ。

11月27日(火)--------

我ながら忙しいことに、朝から諸用ありて、車で広島市内〜廿日市〜五日市を彷徨。
どっかで安い定食でも・・と思ふが、一旦帰宅してカレー味のチャーハンを作って喰ふ。多分こっちの方が美味い。

夕方からレッスン。その後ぱんぱかトリオのリハ。
12月のKOBAでのライヴではいょいょ「あをぞう( Zo-3ベース)」を使ってみるかな。

11月28日(水)-------

我ながらよく動くことに、向原への出張レッスン。
今月は旅が多かったわりにはレッスンも多く、まぁまぁな仕事量なのではないか、と。

時間に追われるやうに30分単位のレッスンを回してゐた頃に比ぶれば、ひとりひとりに十分な時間と余裕をかけてレッスンができる今の方が、効率よく働けてゐると思ふ。いかにあの頃、大手機構の「薄利多売」のセオリーに巻き込まれてしまってゐたか、である。仕事量は今よりはるかに多かったにも関わらず、全然稼げてなかった30代。
あな おそろしや。

11月29日(木)--------

よーやく通常の生活ペースに・・。
楽器の練習をし、ロードワークで汗をかき、久しぶりに作曲にも没頭す。
ちょいと前から、これも久しぶりにインストゥルメンタルの曲を書きたいな、と思ってゐて、けふはそれにトライ。

インストの曲は歌詞にウェイトを取られぬぶん、アイディア先行で創作を進めて行けるメリットがある。
ギター、ベース、鍵盤、ループを交互に使いながら五線譜を埋めて行き、約2時間でなん年ぶりかのインスト曲が完成。まだタイトルもなく、どう演奏するかも未定だが、まぁとにかくまた壱曲、書けた。

11月30日(金)--------

最近、もっとも気に入ってゐるミュージシャンに、ムニール・ホッスン(Munir hossn)といふのがおる。ブラジリアン。

アルフレッド・ロドリゲス(pf)のトリオにゐる人物で、基本ベース弾きなのだが、ギターも超絶に上手い。てゆーか、ギタリストとして活動してゐる局面の方が多い人なのかな?。ライヴではいつもギターをスタンドに装着して、肩からぶら下げてるベースと交互に、あるいは同時に弾いたりして、イラっとするくらいせわしないフレーズを連発して来る。

合ってるやうな合ってないやうな鼻歌を口ずさみながら弾く、生まれ落ちた時からの「陽性」を感じさせる音楽家だ。

同じやうなマルチなアーティストに、アルゼンチンのペドロ・アズナールが居り、これは逆に天性の「気品」を感じさせ、あくまでもクールに流麗な演奏を聴かせる。
いづれにせよ、イヤんなるくらい上手く、その音楽性も素晴らしい。

しかしまー、南米の音楽家の、どんだけ?と思ふほどのレヴェルの高さよ。
なにをどーすればこのやうな音楽家が育つのか?。育つ土壌が出来上がるのか?。
少なくともなんとかスクールとかなんぢゃら養成所、のやうなところに親の金で行って同い年くらいの仲間と遊びながら発表会のステージをこなして・・の末に生まれるものではないだらうことは確かだ。

まぁ南米、と一括りにするには、デカすぎるんだけどね。
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