雨音を聞く夜の猫たちにつひて

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6月3日(土)-------------------------

芸北カフェ「正直村」20周年を祝うライヴ・パーティーにしーシュで出席すべく、「ぐっち」で芸北に向かふ。
集いし面子はもちろんチームyujinの人々。

マフラを修理したので、さすがに静かに力強く走るぐっち。これからも老体に鞭打ち、我らをいろんな場所へ運んでほしい。

正直村に着くとすでにステージの設営は進んでおり、いくらもせぬうちにライヴが始まる。
けふはもぅホンマに「お祭り」「パーティー」なので、シノゴノ云はずに出たきゃ出る、みたいな・・。
しーなさんがオペラを歌ったり、ワシも楽器持たずにシャンソニエ歌ったり、みんなまとめて「スペイン」演ったりす。
頼まれればバックで演奏し、合間に飲み、食ひ、散歩したり・・・。

けふは広島市内もやや肌寒い朝であったが、芸北まで来るとそはさらに顕著。天気は良いのだが、空気はキリと引き締まり、15時を過ぎる頃には上着を着てゐても寒い、といふかんぢだった。上述の「スペイン」なんぞ、手がかじかんで、あのユニゾンの部分が弾けなんだりもした。

ので、日が落ちる前には正直村のテラスに移動。
ストーヴの炎燃える中で、またライヴが始まり、供されるご馳走をツツきながら、また歌い、演り・・・。
といふのが夜が更けるまで続き、さらに今度は宿舎に移動して、いつまでもセッションが続く。
「ここはバァか?」と云ふくらいの数あった贈呈の酒を、結局ほとんど全部飲んだのかな?。

ワシは自分で憶えてる限りでもづ〜〜〜〜っと歌ってゐたが、あとで人に聞いてもづ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと歌ってゐたさうな(笑)。
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6月4日(日)------------------------

山小屋の朝。
ワシら以外は日頃みんなカタギなので、遅くまで飲んでも朝はキチっと起きて、全員で清々しく朝メシ。

この頃、三原〜福山の「タンポポ団」、や、この「正直村」コネクションの方々、さういふ、ただ楽しむ為だけに音楽を愛し、興ずる良き市井の人々と関われてゐるしーシュである。

考へてみれば、関目の「我らの家」、名古屋の「りとるびれっじ」、豊橋や豊川、焼津などの我らのライヴも、そのやうな良き市井の方々とのコネクションで成り立ってゐる。それを広島でも持てるやうになったのは、しーシュとしてとてもありがたいし、嬉しい事だ。

大切にしたい、人々とのつながりである。

6月5日(月)-----------------------

先週の、に引き続く「趣味のアルバイト」へ。
こないだは2t車いっぱいの絨毯を「下ろす」仕事だったが、けふはそれをまた「積む」仕事。

先週は寝不足&腰痛が色濃い中での労働で、やや心配しながら、だったが、思ったよりそのダメージはなく、けふはそれに調子に乗らぬやうにせねば・・・といふかんぢで。

いつもの「力持ちで気の利くアルバイター」として目一杯働く。だいぶ顔見知りになった現場の人々は、皆一様にワシを「お兄さん」と呼ぶが、ホンマは52歳だと知ったら驚くだらうか(笑)。

6月6日(火)--------------------

しーシュのリハを昼イチから。

ふたつほど新曲ができてゐるのだが、なかなか初演に至る決断が下せずにゐる。
この夏のツアーには、「一新」とまでは行かぬにせよ、まー新曲を含んだラインナップで演れたら良いな、とは思ふ。

その後レッスンへ。

その後、ぱんぱかトリオで集結し、リハかと思ってゐたらけふは「旅のしゃべラヂ」の収録だった。
ぱんぱかトリオも順調に月イチのライヴを敢行してゐる。継続してゐる、と実感できる活動があるのは良い事だ。
それがなければ音楽家とは云へない。

6月7日(水)---------------------

久しぶりに、わりと性根の入った雨。
ラヂヲが「けふ梅雨入りした」と発表してゐる。さういふ季節がきた訳だ。

雨の中、向原へ出張レッスン。道端に車に撥ねられたかどーなのか、けっこうデカい「鹿」の遺体が転がってゐた。
撥ねられたとしたら、撥ねた方の車もけっこうなダメージを負ったのではないか?と思ふが、いづれにせよ哀れなり。
犬猫の轢死体は過去に何度か埋葬させてもらったが、さすがに成獣の鹿の遺体はワシの手に余る。壱日も早く土に還れる事を祈ってゐる。

市内を真逆に進み、五日市でもレッスン。なんか移動の多い日々である。

6月8日(木)--------------------

歌謡&ポップスショウの朝リハ。18813648_1366144483505039_6017967011518955561_n.jpg


歌のシドーちゃんこと紫藤博子の声が八割がた復調し、よぅやく歌のリハになる。
まぁ来週頭には本番だし、ここで出しておかんとね、みたいな話し。

このバンド、WADAバンドとして始動して、こたび和田さんが家庭の事情で欠場、シドーちゃんを含めた「ショウバンド」として今に至ってゐるのだが、なんか名前つけますか?といふ話にもなる。したら、和田さん復帰の暁には「和田ノブエ&〇〇」とすれば良いのだし・・・、なんかないかネ?、と。

しかしまー、何度も書いてゐるやうに、ワシ以外のメンバーは他のプロジェクトでチームを組む事多数回。いまさら名前もネー、といふかんぢで、たれも真剣に捉えてないのも確か(笑)。

その後、一旦帰らずにスタヂヲ入りし、自分のリハとレッスン。
なんや忙しいなぁ。6月はあんまり仕事がない、と思ってゐたのに、なんでこんなに動き回ってゐるのだらう・・。

6月9日(金)----------------------

オリエンタルホテル・ニューヨークカフェで演ってきた、孤独な営業「吟」。
・・・・まぁ、ギター弾き語りソロによる、ホテルのラウンヂ演奏、てだけの話なのだが、これが店側の体制変換により、けふで最後となる。

しーなさんのバック演奏・・いわゆる「椎名まさ子と執事フライデー」としてこの現場に入り、ひょんな事から別口でソロの歌うたいとしても受けることになり、それから5年が経った。
かういふ場所で、いかに耳受けして、なをかつ邪魔にならぬものを歌う、といふ、今まであまり演ったことのない仕事だった。正直、「心踊る仕事」では決してなかった。毎回、現場に入る前は緊張したし、気負いもあった。

常連Hさんご夫妻に出会い、親しくさせて頂くやうにもなった。
古い友人がフイに訪ねて来てくれたりもした。
ひとりで「定期的な現場を持つ」といふ貴重な経験をさせて頂いた。

その最終回。

これがまたどーした事か、けふに限ってえらいこと閑古鳥の鳴くニューヨーク・カフェ。
普通、客入りの悪い、といふ時でも、2〜3組の流れのお客さんが入れ替わるものだし、此処んところはづっとガヤの多い雑多な客入りだったのだが、けふは最初から最後までHさんご夫妻と、逓信病院の進藤センセイのみ。

いかにもワシのラストステージらしいわ。

そんなわけで、自分のライヴのやうに、思ひつくままにラインナップを入れ替え、思ひのままに歌う。
いつもは30分で8曲演るところを、間奏を省いたりして可能なかぎり一曲を短くし、9曲演る。これを3ステージ。
トータルで27曲歌い上げ、5年間の孤独な営業を〆た。

今後、一人でギター弾き語る「吟」を、どのやうに活動に組み込むか、まだ決めてない。
広島でやってもお客さん集まらんので、一度このスタイルで旅もしてみたい、と思ってゐるが、どーかねぇ・・・?。

とりあへず
思へば結構長い5年。
この現場を勤めきった自分に、お疲れさま。
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プロフィール

梶山シュウ

Author:梶山シュウ
旅するのらくら電気ベース弾き語りスト。
おもに、えせニック歌謡デュオ「しーなとシュウ」で活躍。
500年生きてゐる、といふ噂もある。

音楽と映画と本、少しの酒とツマミ、たっぷりの空き時間 をこよなく愛する中年男。

http://www.kajiyamashu.com

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